第6話:空腹だろうがなんだろうがかかってこいや!!(2)
前回のあらすじ。
ツインヘッドウルフと呼ばれる強大な魔物の素材を売り、大量の肉と金を手に入れた恭弥達は、安全な遠回りではなく、危険な森を通って近道で帰ろうとした。しかし、その道中で寄り道までした結果、道に迷ってしまう。
その一方で、彼らの帰りを心待ちにしている者がいた。
その男は今、『絶望』という名の二文字を噛み締めていた。
数刻前、昼までには帰ってくるからなと、そう約束した仲間達を見送った山川太一だったが、彼のお腹はとうに限界を迎えていた。
彼の腹時計は現在が十二時三十二分であることを告げており、独自のアラームを鳴らし続けている。
玄関の前に座りながら、忠犬ハチ公が如く、仲間の帰りを待ち続ける太一。
そんな彼の元に二人の幼き子どもが歩み寄る。
「タイチくん、お腹空いたの?」
太一は少年に声をかけられると、そちらへ顔を向けた。
そこには現在太一達が寝泊まりしている宿屋の双子、ロイドとノエルが立っていた。
先程まで遊んであげていたからなのだろう。二人の距離は非常に近く、まるで友達と接しているかの如く近い。
「さっきのお昼ごはんじゃ足りなかったの?」
今度はノエルが尋ねた。
その言葉に対し、太一は喋ることなく、ただ首肯いた。
確かに太一は一緒に残った仲間である雷堂修と共に先程昼食をいただいていた。
本来であれば、昼食は宿泊の条件に入っていないのだが、椅子等を修繕してくれただけでなく子ども達の相手までしてくれた二人に感謝の気持ちを抱いたシャルフィーラが、特別に振る舞ってくれたのだった。
だが、それにはどうしても解決出来ない致命的な問題があった。
それは量が圧倒的に少ないということだ。
宿泊客も来ないうえに、女手一人で子ども三人を育てているということもあり、この宿屋は困窮状態なうえに食糧の調達すら満足に行えていない。その上、子ども達の恩人だからという理由で、彼女はお金を支払おうとした遥斗から金を一銭も受け取らなかった。
その為、出されたスープには肉はおろか、具材が満足に入っていなかった。そんな量で太一が満足出来るかと問われれば、当然、否なのである。
いつもだったら少しくらいならと分けてくれる修もこの日ばかりは一口も譲ってくれず、泣く泣く自分の分だけで我慢した。
それはやがて帰ってくるであろう三人が大量のお肉を持って帰ってくると約束してくれたからであり、ここでお腹いっぱいになる必要が無いと判断したからだった。
しかし、待てども待てども仲間達は帰って来ず、太一はかれこれ一時間程、ここに座って仲間の帰りを待っていた。
「ねぇねぇ一緒に遊ぼうよ〜」
ノエルは太一の服を掴み、その巨体を引っ張ろうとするが、その行為は服を伸ばすだけで不動の構えを取る太一を動かすことは出来なかった。
そんなノエルの方に太一の顔が向けられる。
そして、その瞬間、太一の熱い視線がノエルの持つそれに向けられた。
当然、ノエルはその視線に気付き、左手に握っていたそれに視線を落とす。
「これが欲しいの?」
ノエルは首をコテンと傾け、太一にそう訊いた。
ノエルが持つそれは、ビーディルという蜜蜂によく似た魔物の蜜を固めて棒につけたファルベレッザ王国の代表的なお菓子だった。
先程ノエルとロイドが宿屋の前で遊んでいた時、近所に住む親切なおじさんが直接くれたのだが、ロイドはその場で食べ終え、ノエルはそれを母親に見せようと持っていたのだった。
ノエルの問いに太一はよだれを垂らし、目を輝かせながら三度程強く首肯いた。
すると、ノエルは少し名残惜しそうな表情をした後、迷いを断ち切った満面の笑みで左手を差し出した。
「さっき遊んでくれたし、あげる!」
その言葉を聞いた瞬間、太一は諸手を挙げて喜び、そのお菓子を受け取った。
◆ ◆ ◆
王都に行っていた海原恭弥、須賀政宗、伊佐敷遥斗の三人が宿屋へと辿り着いた時には、曇天の雲が遠くの空へと消え、茜色の空が見え始めていた。
「まったく……タイチが暴れて追い出されるなんてご免だからな?」
前を歩く恭弥と政宗に愚痴るように遥斗は告げた。だが、そんな遥斗にフューイが笑みを見せた。
「タイチさんでしたらうちの暴れん坊二人と仲良くしてくださって感謝してますよ。母も助かったと言っていました」
「タイチが? あいつって子ども好きだったっけ?」
その疑問に後ろの恭弥と政宗は知らないという意味を込めて首を傾げた。
「あら、皆さんおかえりなさい」
遥斗が玄関の扉を開けると、ベッドのシーツが山盛りに入れられたバスケットを両手で持っていたシャルフィーラが偶然にも通りかかるところだった。
彼女は恭弥達の存在に気付くと、笑顔でおかえりと告げた。
すると、不意にシャルフィーラの持っていたバスケットが消えた。
「お持ちしますよ」
一瞬でシャルフィーラの眼前に迫った遥斗はバスケットを持ちながらキメ顔で優しくそう告げた。
状況をすぐに理解したシャルフィーラは断りの言葉を告げようとしたが、今朝も同様の場面に出くわしたのを思い出して、困惑した笑みで、ありがとうと丁寧に告げた。
そして、気付く。
「ハルトさんの服……もしかして雨に濡れながら帰路につかれたのですか?」
「えっ? えぇ、まぁ」
フューイが持ってきたタオルで拭いたとはいえ、先程まで濡れていたのだから彼の服は未だに湿っていた。そこをシャルフィーラに指摘され、遥斗は自分の惨状を思い出し、困惑の様相を見せた。
「だめですよ。せっかく買われたのですから……弱い雨とはいえ濡れながら帰るなんて服が可愛そうです」
同情の眼差しで遥斗の服を触りながら告げるシャルフィーラは言っていて、自分の過ちに気づいた。
「すっ、すみません!! 私ったらお客様に対して!!」
「あっ、いえ! 気にしないでください!!」
いきなり目の前で勢いよく頭を下げられ、遥斗は反射的に気にしていない旨を伝えた。
だが、シャルフィーラはバツの悪そうな顔をのぞかせる。
「よろしければその服はこちらで洗濯いたしましょうか?」
「えっ、いいんですか?」
「それはもちろん。こちらへどうぞ」
「ありがとうございます!」
高揚したテンションでシャルフィーラにそう答え、遥斗は玄関先に突っ立ったままの恭弥達へと顔を向ける。
「そういう訳だから肉とかはフューイ君に頼んで冷蔵庫に入れさせてもらっといてくれ」
それだけ言い残し、遥斗はシャルフィーラと共に奥の方へと向かった。
その後ろ姿が見えなくなると、フューイは恭弥の方へと向き直る。
「そういえばツインヘッドウルフのお肉を王都から持ってこられたんですよね? それはどちらに?」
「ん? これだ」
恭弥は背負っていたリュックを軽々と床に置いた。その瞬間、ドスンと荷物が音を鳴らした。それに続くように政宗も背負っていたリュックを床に置いた。
「……えっ? まさかこれって全部お肉なんですか?」
呆気にとられ、硬直しながらも口を無意識に開け続けていたフューイが現実に回帰して恭弥に尋ねた。だが、恭弥は何に驚いているのかわからないとでも言いたげな顔で首を傾げるだけだった。
(てっきり服とかがいっぱい入ってるんだとばかり思ってたけど……まさか全部肉だったのか〜)
答えを諦めたフューイは困り果てた顔を隠すように右手で口元を覆う。
「これ……流石に保管庫に入りきらなさそうだな〜」
耳を傾けてなければ聞き逃しそうな声で、フューイはそうぼやいた。
◆ ◆ ◆
「これがこっちの世界で言う洗濯機ってやつなんですね」
シャルフィーラによって用意された服に着替えた遥斗は、空気が抜けたボールを持ちながら、興味深そうに呟く。
「こっちの世界?」
「いえ、気にしないでください」
不思議な発言にシャルフィーラは首を傾げるも、遥斗の言葉でそれ以上の詮索は控えた。
そして、シャルフィーラは遥斗からボールを受け取った。
「洗濯機ってのはよくわからないですけど、この洗濯ボールと似たようなものなのかしらね?」
そう言いながら、シャルフィーラは洗濯ボールにシーツと粉洗剤を入れ、チャックを閉めてから床に置いた。
すると、洗濯ボールが突然バランスボール大の大きさにまで膨らんだ。
洗濯ボールの中には水属性の魔法が刻まれた魔石が入っており、使用者の魔力を動力源に動く仕組みになっている。
水を気化させる魔法でゴム製のボールを膨らませ、チャックから入れられた衣服等を発生した水で浄化し、洗濯。
脱水は魔石が残された魔力で勝手にやってくれる為、いちいち絞ったり水を替えたりする必要も無い。
そして、洗濯ボールが萎んだら洗濯終了の合図で、似たような仕組みになっている乾燥ボールの出番なのである。
風属性の魔法を使った乾燥ボールと共に、冒険者や主婦を中心に買い求められ、一大ブームを巻き起こす程の大発明として、国内だけに留まらず、この世界に生きている者であれば、知らぬ者など存在しないと言える程、それらは有名な代物だった。
それにもかかわらず、遥斗はまるで未知のものを発見したかのような反応を見せていた。
人間の中では知らぬ者など存在しないであろう魔石ですら知らないと告げていた青年。
子どものようにテンションが高くなった遥斗を見て、人の良い笑みを見せる奥で、シャルフィーラは一つの疑問を抱く。
(……このくらいの年齢の子が魔石を知らないなんてことがあるのかしら? でも、もし本当に知らなかったとしたら? これまで生きていた場所が魔石なんて認知されない程魔法が発達した場所だったら? そんな場所、魔人達が住む大陸しか……)
その考えが出た瞬間、シャルフィーラは頭を振った。
ありえるはずがないのだ。
人間達が住むこの大陸と魔人達が住む大陸の間には巨大な海が存在し、そこは魔人ですら容赦なく襲う海の魔物が蔓延っている為、魔の海域とまで呼ばれている。
いくら魔王が最近復活したからといって、それで魔人がいきなり攻めてくる訳ではない。ましてや、彼らは自分にとって掛け替えの無い宝である子ども達を見つけてくれたのだ。
絶対にありえない……はずだ。
(でももし……魔の海域に一番近いこの国を攻め落とさんと、魔王が尖兵を送ったんだとしたら? いえ、そんなこと、あるはずが無いわよね……)
自分にそう言い聞かせ、シャルフィーラはその最悪な想像を考えないようにした。
だが、一瞬だけ見せたその訝しんだ視線を、遥斗は見逃しはしなかった。
ここまで読んでいただき、誠にありがとうございます。
この小説の作者は基本的にやりたい事をやってみたい性格であるため、今回は出来たら次の日には投稿というアホみたいな事をしています。
その為、書きだめは無く、次話のアイデアも殆ど無いという実質ノープラン状態。結果、不定期更新となります。
こんな馬鹿な作者ですが、読者の皆様方には暖かい目で見守っていただけると幸いです。
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