金星人の手裏剣
「なんか、つまんない」
神崎愛は部屋で一人つぶやいた。学校も部活も友達と遊ぶことも、ありきたりの生活に飽ていた。
きれいに整えられたベッドにダイビングし、枕に顔をうずめ、ふと、クラスメイトの、自称金星人こと金城要との会話を思い出した。
「僕の両親は金星に住んでいて、僕が流れ星を見たいと言うと、金星から地球に向かって手裏剣みたいに星屑を飛ばすんだよ。それが流星群。つまり流星群が見える日は、両親が…」
もちろんその話を信じるわけないが、面白いと思って聞いていた。
「金城、面白いなあ」
その日は、しし座流星群が見える日。神崎愛は、金城要とすれ違った。
「おはよ、金城」
「おはよう」
普段なら神崎愛は挨拶して通り過ぎるが、この日は金城要の横で立ち止まった。
「ねえねえ」
「何?」
「今夜、しし座流星群の日じゃない?私、流れ星って、うまく見られないのよ。金城の両親、私にも見えるように流れ星を飛ばしてくれないかなあ」そんな冗談を投げかけた。
「じゃあ、一緒に見る?」金城要は冗談を返したつもりだった。
「うん、今夜、11時に校庭で」うれしそうな横顔。
金城要は夕食を済ませて歯を磨き、頭にワックスを付け、一番いい服に着替えた。
金城要は早めに来て体育館の前で待っていた。約束の時間ギリギリに神崎愛がきた。
「おまたせ」
神崎愛は金城要の横に座った。
「流星群が見えるまで、まだ時間があるから大丈夫だよ」
金城要がそう言うと、神崎愛はにっこり笑った。
「お洋服着替えたんだ。頭も整って、カッコいいよ」
「寒くない格好しただけだよ」
「金城と一緒に流れ星見られるなんて、楽しみ」
「僕だって」
二人は笑顔を交わして、正面に向き直った。
「そろそろ見える時間だね」
「ねえねえ、金城、月と反対の方角でいいんだよね」
「そのはずだよ」
「金城、金ちゃん」
「金ちゃん?」
「金城より、そのほうがいいんだもん」
「なんか、お笑いコントみたいだなあ」
「うーん、じゃあ、金城の下の名前は?」
「要」
「カナメ?可愛い」
「そうかな」
「要ちゃんて呼ぶわ」
女子に下の名前を呼ばれて、金城要は体中くすぐったくなった。
一瞬魂が抜けた金城要を見て、神崎愛は驚いた。
「要ちゃん?」
金城要は我に返り、笑顔を作った。
「僕はなんて呼べばいいかな」
「愛…」
恥ずかしそうに横を向いた。普段いつも自身に満ちた神崎愛が恥じらう顔を初めて見た。
「愛ちゃん」
金城要がそう呼ぶと、何も言わずに、金城要の腕を掴んだ。自分の腕を絡め、顔を付けた。
金城要は照れ隠しに空を見上げた。
「流れ星、見えるかな」
そのとき、ほんの一瞬、空がぽつんと光った。
「流れ星!」
金城要は叫んだ。
「え?」
神崎愛は金城要から手を放し、空を見上げた。
「たぶん今のそうだよ」
「あー、残念」
落胆する神崎愛の背中を、金城要は軽く叩いた。
「また見えるよ」
流れ星が見える間に願い事をすると叶うという。もしそうなら、金城要の願いは…。
「目をこらして、よーく見て」彼女に流れ星を見せてあげたい。ずっとそのことだけを考えていた。
神崎愛は、ずっと空を見ている。
金城要は少し見上げる方角を変えた。
その瞬間、一筋の光が!
「愛ちゃん!」
金城要は叫んだ。
神崎愛は即座に金城要と同じ方角を見たけど、見えなかった。
「見えないよぉ」
金城要は、無意識に神崎愛の肩を抱いた。神崎愛は、一瞬金城要を見て、身を寄せた。冷たい手が金城要の手首に触れた。
「上着、貸してあげようか」
「ううん、要ちゃんあったかいから、くっついてもいい?」
「え?ああ、いいよ」
金城要は平生のふりをしたが、うれしくてしょうがなかった。高鳴る鼓動が聞かれていないか、恥ずかしくて息もできないほどだ。
金城要は星を探した。
息を殺してただ空全体を漠然と眺めていたときだった。尾を引いた強い光が横切った。
「愛ちゃん!」
金城要が叫ぶと同時に、神崎愛も叫んだ。
「要ちゃん!」
二人は顔を見合わせた。
「見えた!」
ハイタッチをして、気がついたら、抱きしめ合っていた。
生まれてはじめて、女子の胸の膨らみを体中に感じた。それだけじゃない、間近で感じる息遣い、肌のぬくもりを。
「ああっ」
金城要の息の声を聞いて我に返った神崎愛は、金城要から離れて、向かい合った。
「要ちゃんの両親が流れ星を飛ばしてくれたのね」
「いや…」
「私ね、ずっと、要ちゃんと一緒に流れ星を見たいと思って、流れ星を探してた」そう言ったあとに、恥ずかしそうに下を向いた。「次の流星群も、また一緒に見られるかな」
神崎愛の願いは、僕が叶えるんだ。だから、僕の願いの、彼女に流れ星を見せてあげることも、叶えてほしい。金城要はそう思った。
神崎愛を見ると、なぜか頬に涙を伝わせて、震えていた。
「愛ちゃん、どうしたの?」
「うれしくて…」
「え?」
再び神崎愛を見ると、彼女はまっすぐに金城要を見ていた。その大きな目を向けられて、金城要は思わず目をそらした。
「要ちゃん」
「何?」
「次の流星群、また一緒に見てくれるって言ったよね」
「もちろんだよ、愛ちゃんと一緒に見たいよ」
「流星群じゃないときも、一緒にいたいな」
金城要は考えた。これって、告白なのだろうか。成績がいいわけでも運動神経がいいわけでも、特技があるわけでもない。しかもイケメンでもなくて肥満体型の僕を、本当に好きになってくれているのだろうか、この成績優秀な美少女は。でも、嫌いな男と夜遅くに会うこと自体ありえないだろう。ましてや、僕とハイタッチやハグするなんて。
金城要は、勇気を出した。大きく息を吸って、神崎愛と向き合った。
「愛ちゃん」
「はい」
「僕、愛ちゃんが好きだよ」
彼女は大きな目をさらに大きく開け、金城要の小さな目を吸い込むように見た。
「要ちゃん、好き…」
身を乗り出し、顔を近づけた。金城要は、どうしていいかわからず、このまま動かなかった。
神崎愛の唇が、金城要の唇に触れた。
「好き」
そう言って唇を離し、見つめ合った。
金城要は目の前の出来事についていけずに呆然とした。
「ごめん」
「なんで謝るの?」
「僕なんかとキスしちゃったから」
「いいでしょ?だめなの?」神崎愛は下を向いた。「そっかあ、地球人とキスしてるとこ見られたら、金星人に怒られちゃうよね」
「いや、そうじゃなくて…」金城要は一瞬考えた。「大丈夫、もう金星には帰らないから」
「どうして?」
「地球人になって、ずって愛ちゃんと一緒にいるよ」
彼女は微笑み、流星群の星空の下で、二人は、腕を組んで校門を出た。
神崎愛と金城要の流れ星への願い事は、叶えられた。もしかすると、金城要の亡き両親が流れ星を作り出し、願い事を叶えたのかもしれない。