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社会の中の暴力性

 あまり藤本タツキに大きな意味を背負わせるのも良くないですが、このまま続けてみましょう。

 

 藤本タツキの作品の中には暴力性というものが大きくあると私は言いました。この事は日本社会の変遷とも絡んでいます。京アニ事件もそうですが、今の我々は、知人が通り魔に殺されるという事ももはや他人事ではないものとして感じられるようになっています。日本社会の安定・平和・秩序が崩れて、混沌が出現しようとしている。

 

 ポップカルチャー、サブカルチャー、お笑いなどもそうですが、そうしたものは「ノリ」の要素があります。深刻なものや悲惨なものは、自分達の外側に排除しておいて「ノリ」を楽しむ、という感じです。例えば、お笑い芸人の誰彼が実は病気で余命いくらもないと知っていても、その芸人の芸で我々は笑えるでしょうか? 芸人の芸は、生死を掛けたものとしてあるのではなく、生死のような深刻な問題を除外した上に成り立っていると思います。また、そのような芸を楽しめる空間が現出したのは、日本が戦争の傷を癒やし、平和と経済を実現したからです。その背後には、軍事的にはアメリカに守ってもらっていたという事実が存在します。

 

 生死の問題の全体を認識するのが芸術であり、その問題から深刻性を取り除いて、上澄みを取り出すのがサブカルチャーであると言えると思います。私は、中村文則のような深刻ぶった小説も、サブカルチャーに繰り入れたいと思っています。中村文則は暴力というものをテレビの中の出来事のように他人事としてしか描く事ができません。深刻なものをアクセントとして作中に取り入れ、平和で安定とした日常に戻っていくーーこれは村上春樹が得意とする物語構造です。しかし、今起こっている事態は、帰っていく基盤そのものが崩れているという事です。

 

 それでは藤本タツキはどうでしょうか。藤本タツキはその関係で言えば微妙な位置にいると思います。だからこそ、この議題で「ルックバック」という作品を取り上げたわけです。

 

 「ルックバック」という作品で京本が通り魔に殺されるというエピソードは、十分我々の現実として感じられます。それはもはや他人事ではない。深刻な暴力は我々のすぐ側にあるし、もっと正確に言えば、我々の内部にもあります。今まではそれを糖衣にくるんでごまかしてきていたのです。藤本タツキはそうした暴力性に勘付いている部分があります。

 

 しかし同時に、藤本タツキにはポップカルチャーの出自があり、少年ジャンプの書き手でもあります(だからこそ人気があるとも言える)。それは大衆の幻想を持続させる方向に運動していきます。それは、京本が救われる世界線の方向で現れていると思います。要するに「ルックバック」という作品に、現実描写と願望成就の両方の要素があって、それは現在(2021年)の日本社会の現状と照応していると感じます。

 

 まとめるなら、「ルックバック」という作品に見られる現実描写と願望成就の混合は、今の日本社会を表しています。要する、これまで願望成就というエンタメ・サブカルチャー方面で満足する方向にずっと動いてきて、今もそこにしがみつこうとしている状況ですが、そこに破れ目が出てきている。厳しい現実に向き合わざるを得なくなってきている。

 

 厳しい現実に向き合えるのは芸術作品しかありません。しかし、優れた芸術作品を享受するのは、厳しい現実を直視するのと同じように、ある程度の能力を必要とします。芸術が敷居が高いというのは、認識力が試されるという事です。しかし、敷居をまたいだ上でしか認識できないものもあります。大抵は、そうしたものの方が大切なのです。

 

 「ルックバック」に見られる現実描写と願望成就の混合は、日本社会の現状を語っているように見えます。この領域において、色々な事が終わると共に、何かが始まろうとしている。始まりと終わりが同時に進行している。それが「ルックバック」という漫画に意図せず現れていると感じました。

 

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