明暗の使い方
後ろから映し出された漫画を描いている少女の姿は、しかし、少年にも見えます。藤野にも京本にも恋愛の話は全体を通して一切なく、男の子っぽい所が散見されます。
それから、後ろの正面から描いているので、彼女が何を描いているかはわかりません。顔もわかりません。ただ彼女が黙々と何か書き物をしているのはわかります。
重要なのは、藤野が描いている姿に対して距離を取っているために、彼女がポツンとしているように見えるという事です。これは藤野は周囲の人間とは違う世界を持っているという事だと思います。これは藤本タツキの「クリエイター感」なのだと思います。つまりクリエイターという人種は、世界の片隅でポツンとしており、みんなの仲間に入っていけないが、独自の世界観を持って邁進している。彼は信念を持ってそうしたものに没入しているが、遠くから見るとポツンと寂しい姿に見える。クリエイティブを目指す人には身に覚えのある感情かもしれません。
藤野が京本との画力の差に絶望して、漫画を捨てる場面があります。藤野はずっと、まわりからの呼びかけにも答えず、黙々と机に向かって描いていたのですが、漫画を捨てると決めた瞬間、「振り返り」ます。
「ね 今日さ 帰りアイス食べてかない?」
藤野は友達に言います。それまで無視していた相手です。これは決定的な瞬間です。ずっとカメラに対して背を向けた彼女がこちらに「振り返」る。それは机の上の「漫画」に対して背を向けるという事にほかならない。この構図を藤本タツキは印象的に使っています。
ラストのシーンでは再び机に向かう藤野が映し出されます。ここは希望に満ち溢れたコマと言っていい場面ですが、画面は暗い色調に覆われています。藤野は影の中にいるし、窓の向こうにあるのは無機質なビル群。藤野はバランスボールに乗ってぽつんと仕事をしています。
ここにも藤本タツキのセンスが現れています。つまり明るいシーンをただ明るく描くのは、何かが欠けている、間違ってしまうという感覚が彼の中にあり、あえて影の中に藤野がいるシーンを選んだと感じます。藤野の希望に満ちた顔を映さないのもそうです。こうした抑制が、例えば、藤野が雨の中で喜び踊るシーンを映えさせていると思います。(しかし、このシーンもまた「雨の中」です。藤本タツキは明暗の使い方を常に忘れていないと言えるでしょう)