表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

コンビニバイト女子大生と常連客男子高生のクリスマス

作者: 六日

「いらっしゃいませー」


オーナーが百均で買ってきただろう安物のサンタ帽を被り、板に着いた愛想笑いを貼り付けた。店内は私の空々しい笑顔と似たように、取ってつけたような装飾に、定番のBGM。


今年も世間様が素敵なクリスマスイブを迎える中、特に予定もない私はこうしてバイトに駆り出されている。17時から22時のこのシフトは、いつもはだいたい高校生のバイトちゃんや、私と同年代の地元の大学生たちで回しているのだが、クリスマスは流石に予定があるらしい。

そんなわけで、普段は早朝シフトの私が助っ人に入ることになった。


コンビニバイトをしていると、案外、リア充キャッキャウフフな人より否応なしに季節行事を摂取することになる。お正月にはじまり、節分、バレンタイン、雛祭り、ホワイトデー、なんだかんだと何かしらに託けて新商品が売り出されるわけで、その商品を陳列しながら、レジ打ちしながら、私の地味な日々に形ばかりの季節感が加味されていた。


売上なんてどうでもいい一バイトの私にとっては、どの行事も退屈な日常を彩るほどの効果はなく、その中でも、クリスマスはおでんセールの次に厄介な存在だ。次点は節分だろうか。


通常業務にプラスして、予約されたケーキやフライの受け渡しに、その場で売る用のフライの補充、しかも、人手は足りない。うちの店舗は店外でチキンの販売をしなくて良いだけまだましだろうか。


「ありがとうございましたー!」


とはいえ、なーーにが楽しくてクリスマスにあほほど忙しく働いて楽しそうな客見てにこにこしなきゃいけないのか。幸せそうな人を見て幸せな気持ちになんてなるわけもなく、憎らしさすら覚える。妬み?その通り、紛れもなくただの妬みだ。


クリスマスなんて幸せな人の裏側でどれだけの人が必死に働いていると思ってんだ。ぶつけようのないイライラを噛み殺す度にますます笑顔が力んでいく。そもそも、クリスマスがなんだってんだ。しょうもな。


消毒で荒れた手に更に消毒を吹きかけ、注文の入ったチキンを袋に入れる。ついでに隣のレジでも同じように頼まれているのが聞こえたのでそれも用意して、「おいてます」とだけ言葉みじかに伝えてレジに戻った。


一旦夕方のピークが落ち着いても、今度は仕事終わりだろう人たちでまた賑わいを見せ、それも何とか乗り切ってようやく一息ついた。そんな頃にはもう上がりの時間が近付いていて、忙しいと時間が流れるのは早いなとぼんやりと思った。

減った袋類やフォーク等を補充しながら、あとちょっとだ頑張れと自分を鼓舞していると、来店の音がして顔をあげた。


「いらっしゃいま」

「……せは?」


どこか小馬鹿にするようにふっと鼻で笑ったのは、早朝の常連客で。煙草とコーヒーを買っていくおじさんが多い中、若い男の子は珍しかった。しかもかなりのイケメン。おかげさまで私が彼の顔を覚えるのは早かった。


「なによー、いつもこの時間も来てんの?コンビニ大好きか」


バイトちゃんと同じ高校の制服だが、バイトちゃんよりは遥かに垢抜けていて、制服を着ていなければ同い歳くらいだと勘違いしていたかもしれない。

他のお客さんさんがいないのをいい事にレジ前まで近づいてきた彼は、わざとらしく小首を傾げて私を見下ろしてみせた。


「ほら、朝に今日は夜もあるって言ってたでしょ。イブにも関わらず健気に働くお姉さん応援しようかと思ってさ」

「は?煽られてる?しばく?え?」

「っはは、 信用ないなー。 ほんとだって」


笑った拍子に滑り落ちた黒髪を耳にかける仕草を眺めながら、センター分けで綺麗に開かれたそのおでこを叩いてやりたい気持ちをぐっと堪えた。年下にナメられて情けないにも程がある。ちくしょう。


「ていうか、もうすぐ10時でしょ。早く帰んないと補導されるんじゃない?」

「大丈夫、塾の帰りですーって言うから」

「ゆる」


後ろ背によゆーと手を振りながら店の奥の方へと歩いていく男子高生を見送った。


ああ言ってはいるけど、ワンチャン差し入れとかくれたりするやつ? か? ぷかりと淡い期待が浮かび上がるなり、いやいやいや高校生相手にバカかと自らを窘めた。

バイトしてるならまだしも、多分あれだけ早朝にコンビニ来るんだから部活で忙しいタイプだ。多少気さくに喋る関係だけれども、誰とでもあんな感じだろうし。大方、何か買い出しのついでに、哀れな年上女の顔を見に行ってやるかくらいのそんなあれだろう。ツラァ。


ひとりでに乾いた笑みがこぼれ落ちる。あーあ、笑えるくらい惨めだなあ。

あと何分であがりだっけ、とレジの時間表示を見ると、ちょうど1分前。一刻も早く帰りたくてそのままじっと時計を見つめていると、不意に視界が陰る。


「これ、お願いします」

「はーい、ありがとうございますー」


先程の男子高生だ。

ペットボトルのホットココア一つ、だけ。本当にこいつ私を嘲笑いに来ただけなのか、と内心思いつつも、それを明るく笑い飛ばせるだけのヒットポイントもいよいよ残っていなかったので淡々とレジ打ちを済ませる。袋はいつも要らないと言われるのでバーコードの部分にぺたりとテープを貼り付けた。


「はい、気を付けて帰りなよ」

「ん、ありがと。じゃね、お姉さんもお疲れ様。メリークリスマス」

「いや最後まで抉ってく?こわ」


ほらね。何にもなかった。爽やかーな笑顔を薄目で見送って、私もあがりだ。一つ結びにしていた跡が残る髪の毛を何回か引き伸ばして、バイトの制服の上からアイボリーのコートを羽織る。

今日は助かりました。ありがとうございました。と丁寧にお礼を言ってくれる店長にだけ少し救われた気持ちになりながら、「とんでもないです、お疲れ様でした」と最後の気力で笑ってみせて、事務所を後にした。


自動ドアが開くと、びゅうと冷たい風が吹き抜けて、身も心も凍るようだった。広い駐車場をとぼとぼと歩いていると、なんだかやるせなさが込み上げてきて、じわりじわりと景色が滲んでいく。すん、と鼻をすすると、その拍子に涙が頬を滑り落ちるのがわかった。


なんで泣いてるのかはいまいち自分でもわからなかった。別に恋人がどうしてもほしいわけでもない。ただ、なんとなく、クリスマスという明るく幸せな雰囲気が、相対的に私を酷く不幸な気持ちにさせたのかもしれない。


静かな空間にすんすんと鼻をすすり続ける情けない音が響く。かじかむ手を眼前に持ち上げたその時。涙を拭うはずだったその手首を掴まれて思わず掴んだであろう相手を見上げる。


え、と開きかけた口はしゃくりあげるだけで、ぱちぱちと瞬いた拍子にまた涙がこぼれた。


じっと私を見下ろしたのは、先程の男子高生で。


「なに泣いてんの。……誰かに泣かされた?」


強いて言うならあんたにトドメを刺されたわという恨み言が喉元まで込み上げたが、それも結局声にはならず。そもそも泣いてるところをバッチリ見られてしまいバツが悪すぎて、思わず手を振り払い顔を伏せる。


「……なっ、んで帰ってないのよ」


涙声ながらもつっけんどんな声が出た。街灯に照らされて、足元にできた影を見つめていると、不意に頬にあたたかい何か。びっくりして、ひっと肩を弾ませると、向かいから微かに喉で笑う声がもれる。文句を言うより先に手を奪い取られ、手元には先程私が会計したであろうホットココアが握らされていた。


「……はは、流石に可哀想になった?」

「拗ねてんの?かわいー」


カッと顔に熱が集まった。


「年上からかうのもいい加減にしてよ!」


恥ずかしくて、惨めで、悔しくて、腹が立った。羞恥で消え入りたい。受け取ったばかりのココアを眼前のお腹に突き返してやる。すると、そのまま腕を掴まれたかと思えば気付けば視界が真っ暗だった。


「は」

「ねえ、流石に鈍くない?だからクリスマスに予定埋まらないんだよ」

「は!?」

「言ってる意味、わかんない?」

「え、待って、なにこれ、は」


抱きしめられていることを理解して、ますます頭は混乱を極めた。なんだこれ。ここまでしてからかいたい? バカなの? 胸板を押し返そうとして、尚更ギュッと抱きすくめられてしまったので、顔だけ何とか上を向くと、予想より近い位置に彼の顔があり、心臓が跳ねた。急にドクドクと弾みだした鼓動を感じながら、口を開く。


「っふざけないでよ。はなして!なんでこんなこと……!」

「一ミリもふざけてないけど?」

「は?いやいやいや、え?ん?」

「……一回も俺のこと意識したことないみたいな反応どうもありがとう。普通にへこむけど」


そろりと再度見上げた顔に面白くなさそうな不機嫌そうな表情が浮かんでいて、必死に落ち着けと唱えた。


「待って、全然理解できない」

「ここまでさせておいて?」

「え、だって、なんで、意味が」


処理が追いつかず呆然と見上げるだけの私に、「俺はこのままキスしても構わないんだからね?」と顔を近付けてきたものだから慌ててわかったわかったわかった!と叫んだ。そうすると、ちぇー、とわかりやすく拗ねる声がして、ようやく抱擁から解放される。


私の顔は真っ赤に違いない。高校生相手に、何をときめいて。


「来年は予定ありますって仕事断ってもらえるように、頑張るね」


外気に晒されて冷めてきたのか、はたまた私の手の温度の方が高くなってしまったのか、ぬるいホットココアを両手で握りしめながら、私は早くも降参の気配を感じていた。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ