閑話:追憶とこれから
今年の年末閑話になります。
「寒いなぁ……」
カンカンと金槌が釘を打つ音と、パチパチと火が燃えてグツグツと物を煮る音が響き渡る街を歩きながら、私はそう呟く。ハァと小さく息を吐くと、その息は白く染まり消えていく。
「ミラトさんと、リリーシャさんは元気かなぁ」
私はふと、この街と私を救ってくれて、私の父様と母様の生きた証を守ってくれた恩人のことを思い出す。
見ず知らずの私のことを、見捨てずに救ってくれたあの人のことを、世界では底抜けの聖人というのだろうと、私は思う。
「よっ! アザレアちゃん元気かい?!」
「ラルおじ様。 ご機嫌よう」
「はっはっはっ! ただの肉屋の親父にそんな畏まらなくていいんだよ!」
「癖ですので……」
「そうかいそうかい」
そう言って豪快に笑うラル。この人は私が一人になってからずっと気にかけてくれていた人だ。あの頃の私は周りの全てが敵に見えていたため気付かなかったけど。
前に話してくれたが、あの時の私を見て、見ぬふりをしていた自分がどうにも許せず、最近ではこうやって会うたびに声をかけてくれる。
「それで、どうしましたか?」
「お、そうそう。 こいつを渡そうと思ってな」
「?」
ラルは少し待ってな? と言って店の奥の方に入って行く。数分もしないうちに奥から戻ってきた。その両手にはパンパンに詰められた紙袋を二つ握っている。
「ほいよ! これは俺からのプレゼントだ!」
そう言って手渡された、ずっしりとした重みを持つ紙袋の中を除くと、沢山の種類のお肉がぎゅうぎゅう詰めになって入っている。
「流石にこの量をもらうわけには……」
「いんだよ、ぜひもらってあったまってくれ領主様」
「ですが……」
「じゃ、俺は仕事に戻らないとかみさんに怒られちまうんでね!」
「あ、ちょっと?!」
ラルは私の静止を無視して店に戻っていく。どうしたものかと思っていると、今度は別の方に声をかけていただいた。
「あら、アザレアちゃん」
「クゥワスお婆様」
「それはどうしたんだい?」
「これはですね……」
私はラルおじ様とのやりとりについて話す。それを聴き切ったクゥワスお婆様は小さくため息をついた。
「ったくラル坊ったら……」
「そうですよね……?」
「肉だけだとバランスが悪いだろう」
「……え?」
私が呆けていると、いつの間にか私は流れるような手つきで新鮮な野菜や果実の入った袋を持たされていた。
「え?! あの?! お婆様……?」
「なんじゃ? 足りないのかい?」
「い、いえそうではなくてですね……」
「わしゃ耳が遠くてよく聞こえないねぇ。 まだ足りないなら言ってくれたらいいのに」
「い、いえ! あ、ありがとうございます! これで失礼します!」
私はさらに用意をしようとしたクゥワスお婆様から逃げるようにその場から離れる。後ろからしてやったりといったような笑い声がしたのは気のせいだと思いたい。
そしてそんな様子で家まで戻っていると……
「な、なぜこんなことに……」
家に着く頃には前が見えなくなるほど山盛りに積まれた沢山の食材があった。家に着くまで何度転びそうになったことかわからないぐらいだ。
「ふぅ……」
私は家に着くと、テーブルの上にいただいた食材を並べた。到底一人では食べ切れるとは思えない程の食材がテーブルの上で小さな山を作っている。
「こんなに、一人じゃ……」
前なら、家族であれにしようこれにしようと言い合いながら料理をしたのにな……と、考えてしまう。あぁ、割り切ったつもりでいたけど、静かな部屋に戻るとどうしてもあの頃に戻りたいなぁと考えてしまう。
「……ダメだな、私」
そう呟いてから、いただいた食材を保存するために椅子から立ち上がると、そのタイミングで扉がコンコンとなった。
「はい、どなたでしょうか?」
私は不思議に思い、扉に近づいていき、扉を開ける。そこには思いもよらない人の姿があった。
「ミラトさんとリリーシャさん?!」
「元気だった? アザレアちゃん」
「お久しぶりです」
「お邪魔してもいいかい?」
「え、えぇそれはもちろん……」
「ありがとう。 それにしても寒かったねぇ」
そういいながらミラトさんとリリーシャさんは部屋に入る。そのタイミングで、リリーシャさんから王都でも有名な菓子店のケーキを手渡される。
「アザレアちゃん、この食材はどうしたの?」
「えと、なんというか……家に帰るまでにいただきました」
「全部?」
「はい、全部です」
「……すごいね」
「私もそう思います……」
食材も山を見ていたミラトさんは何か考える素振りをした後、私に話しかけてきた。
「アザレアちゃん」
「なんでしょう?」
「一緒に、ご飯作らない?」
「え?!」
「こんだけいいものあるなら、美味しく食べるのが礼儀だと思うんだよね」
「それはそうですね……」
「そしてさ、アザレアちゃんさえ良ければなんだけど」
「はい?」
「一緒に食べない?」
「いいんですか?!」
「じゃ、決まりだね!」
そういうと、ミラトさんは腕まくりをしながら調理場に向かっていく。リリーシャさんは山盛りの食材を抱えてミラトさんの後を追う。
「わ、私も手伝います……!」
(父様、母様……今年の年越しも、暖かく過ごせそうです)
そう、心の中で呟きながら二人の後を追った。
年末、いかがお過ごしですか? 今年も皆さんが読んでくださったおかげで、私は今日まで活動を続けることができました。本当に感謝しかございません。どうか、これからも片手間に読める作品を意識して書いていきますので、鏡魔法及び、私鏡花の応援の方をお願い致します。