兆し
「さぁ! もっと、もっともっと楽しみましょ!」
アザレアが光悦な表情を浮かべながら語りかけてくる。その発言に呼応するかのように、多数の蔓や蔦が溢れてくる。まるでタコの足のように、周囲のものに絡みつき、生えている棘で穴だらけにしながら握りつぶしていく。
「フフ、フフフ……アハハハハハハハハハハッ! あぁ、なんて楽しいの!」
高らかな笑い声を上げるアザレア。お淑やかさを微塵も感じさせないのに、どこか美しさに溢れている。
「くそっ、あれじゃあ近づくことすらままならないな……」
「ミラトさんが私とずっといてくれるのでしたら、道を開けますよ?」
俺の独り言に、口にその白い人差し指を当てながら、色っぽく返事をするアザレア。
「それだと、根本の解決にはなってないから……ね!」
俺に向かってくる蔓を雪月花で弾きながら俺は答える。
「あら、残念ですわ」
悲しそうな表情を浮かべながら、肩をすくめるアザレア。だがすぐに気を取りなした様子で魔法を放ってくる。
「でしたらやはり、手に入れるしかないようですわね。 花魔法【ハゴロモジャスミン】」
アザレアの手から、五枚の白い花弁を持つ花が、大量に放出される。効果自体はわからないが、触れたら良くないことが起きることは容易に想像できる。
「炎魔法【豪炎壁!】」
白炎でできた壁が俺とアザレアの放った魔法の間に現れる。そして、その炎の壁に触れた花は燃えていった。おまけに暴れ回っていた蔦なども、炎の壁に触れると、焼き崩れていった。
「っ……!」
アザレアが少しビクッとした気がするが、気のせいだろうか。それよりもだ。雪月花ですら切ることができなかったアザレアの蔦などを、普通の炎魔法で燃やすことができた。つまり……
「強化はできても性質は変わらないということか……」
花魔法は一貫して、圧倒的に火に弱い。正確には熱を持ったもの全般というべきか。何はともあれ、これで攻略の兆しが見えてきた。
「リリー!」
「はい!」
その一言で、展開していた白銀魔法を解き、攻撃を避けながらこちらにやってくるリリー。そして、すぐに俺の横にリリーがやってきた。
「さっきの、見てたな?」
「もちろんです」
「よし、じゃあ反撃と行こう」
「わかりました!」
俺はリリーの武器に付与をする。この魔法はユファさんのを映させてもらったものだ。自らの手の内を晒すというのに、彼女は即答で快諾してくれた。今度何かお礼をしないとな。
「まだ使い慣れてないから、せいぜい効果は十分。 いける?」
「任せてください!」
俺とリリーは最後に軽く互いの目を見てから、頷いた。それだけでお互いの考えていることがわかったような気がした。
「またそんな、そんな……! なんで、なんで貴方ばっかり! 貴方ばっかり!」
アザレアが大声で叫ぶ。その声に応じるように、リリーの、いや……まるで自分が見たくないから、視界を遮るかのように今までよりも太く、力強い蔓や蔦がリリーを襲った。
「双剣術【乱裂】!」
襲ってくる攻撃を、軽やかに避けながらすれ違いざまに斬りつけていくリリー。炎属性の付与の効果のおかげで、完全に切り裂くことができている。
「先程の御忠告、そっくりそのままお返ししますわ! 花魔法エニシダ!】」
無数の黄色い小さな花が、リリーを襲った蔓や蔦の後ろから放たれていた。風に靡きながら、確かにリリーめがけてその花たちは迫っている。黄色い花が触れた場所は、小さな斬られたような跡があった。
おそらく、花自体に斬性があるのだろう。
「精霊魔法【炎の精霊】」
俺の一言で、リリーとアザレアの放った魔法の間に、炎で構成された蜥蜴のようなものが現れた。体長は約30センチほどだ。
サラマンダーは、向かってくる魔法に対して炎を吐き出した。蒼い炎は、襲ってくる花の大群を次々と燃やしていった。
「リリーが防げない攻撃はその精霊が守ってくれるから、安心して戦って!」
「はい! ありがとうございます!」
俺はリリーほど苛烈ではないにしろ、未だ攻撃の止む気配のないアザレアの方に向き直った。
ハゴロモジャスミン
手のひらに収まるサイズの白い花弁を五枚持つ花。花言葉は貴方は私のもの。
魔法使用者以外の魔力を持つ生物に触れると、触れた生物の体に張り付く。また、近くに別のくっついた花がある場合、花弁同士がつながり、大きな網のようなものを形成する
豪炎壁
炎魔法の炎壁の上位魔法。白くなるほどの熱を持った壁を作り出す。
双剣術乱裂
高速で対象を切る攻撃。基礎の基礎ではあるが、それゆえに練度に依存する。
エニシダ
黄色い蝶を連想させる小さな花。花言葉は恋の苦しみ。花の花弁自体が斬性を持っており、触れても小さな切り傷程度ですむが、数を大量に出すことができるため、一度当たるとそこから避けることはほぼ不可能に近い
炎の精霊
精霊魔法の一つ。炎の精霊であるサラマンダーによって炎系の事象を引き起こす。また、顕現させると、より高温の炎を扱うことができるようになるが、顕現なしの時と比べ、魔力は数倍消費する。