渦巻く感情
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「た、助かったぁ……」
目の前の魔物が死んだことで、サマリは安堵の息を溢した。そして、その様子のサマリを鋭い目付きでアザレアが見ていた。
「アザレアちゃん……」
「……」
アザレアは何も言わずにゆっくりとサマリの方に歩いて行く。生きてる安心感を噛み締めていたサマリだが、アザレアが歩み寄ってくる足音に気付くと慌てた様子で話し出した。
「ま、待て?! アザレア?!」
「何を、待てばいいのですか?」
「わ、私も騙されていたのだ?! つ、つまりは私も被害者なのだ?!」
「それで?」
「だ、だから、な? こ、ここは一つ見逃しては……そ、そうだ、こ、これから私たちはアザレアを領主と認定し、全面的にサポートしよう! それで、この件は無かったことに……」
「貴方は……貴方は何を言っているのか、わかっているのですか?!」
「お、落ち着け、アザレア?! 今は私たちが争っている場合では……」
醜く命乞いをするサマリに対して、静かに話していたアザレアだったが、ついに我慢しきれない様子を露わにした。
「言いましたよね?! 私たちの家に火を放ったと! あの時、どれほど苦しかったか、あなたには分かりますか?! 家族がいなくなり、一人で過ごす寂しさが! あなたには分かりますか?! 周りの目を気にして生きる、窮屈さが貴方にはわかるのですか?!」
アザレアの慟哭が響く。必死に心のうちに隠していたアザレアの感情がとめどなく溢れいる様子に、俺は立ち尽くしてしまった。
「貴方なんか、貴方なんかが?!」
泣きながらサマリを睨むアザレア。その手には魔力が込められている。
「な、何をする気だ?!」
「貴方が……貴方なんかが! 花魔法! 【アザミ】!」
アザレアがそう唱えた瞬間、アザレアの手のひらには赤く、針のような花弁を沢山持つ花が現れた。
「貴方はここで終わるのです!」
「や、やめろ! やめるんだ! や、やめてくれ!」
アザレアはサマリの言葉を聞かずに魔法を放つ。放たれた魔法は針のように鋭い花弁が数百ほど放たれた。瞬きを数回するほどの時間でそのすべての花弁は放たれ、数枚の花弁がサマリの両足に刺さった。
「うぁぁぁぁぁぁあ?! い、痛いぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃい!」
「これは……母様の分。 そして、これは、父様の分!」
もう一度発動された魔法は、今度はサマリの両腕にいくつか刺さった。
「も、もうやめぇぇぇてくれぇぇえ!」
「まだ、まだこんなものじゃ……ない!」
先程の魔法が今度は三つ一気に発動させた。サマリは痛みと出血で動けていない。
「これで、これで……これで!」
アザレアは泣きながら、魔法を放った。
「……っ!」
先ほどよりも数が多くなったことで、魔法が着弾した時に激しい砂煙が巻き起こった。
「父様、母様……私は……私はやったよ……」
そしてだんだんと砂煙が晴れていった。
「なっ?! な、なんで……?! なんでミラトさんが?!」
アザレアが驚きの声を上げた。それもそのはずだ。なぜなら俺がアザレアの魔法とサマリの間に割り込み、アザレアの放った魔法の大半を俺が体で受け止めていたからだ。
「嘘、なんで? なんでなんでなんでなんで?! どうして?!どうしてどうしてどうして?! どうして邪魔を?! い、いやそれよりも治療を?!」
自分の放った魔法が無数に刺さってる俺を見て、今までに見たことないほど焦っているアザレア。俺は寄って来たアザレアの手を取った。
「よかった……」
「何がですか?! なぜミラトさんが私の魔法を?! なんで、どうして?!そんなに傷ついてるのに、なんで?! なんであんなやつを庇うんですか?! あんなやつを庇って、ミラトさんが傷ついて?!」
「別に……あいつを庇ったわけじゃないよ。 でも、守りたかったのは事実かな……」
「守りたいって何を?!」
俺は涙と鼻水で、ぐしゃぐしゃになったアザレアの涙を右手で拭いながら、左手で頭を撫でた。
「アザレアちゃんの……心、かな?」
俺は全身の痛みを耐えながら、無理やり笑顔を作った。ぎこちないが、今できる最大限の笑顔を。
「私の……心?」
「確かにあいつのしたことは許せない」
「じゃあ別に?!」
「でもね、あいつを手にかけることで君の心が壊れるのが、俺は耐えられない」
「そ、そんな……」
「君はまだ先は長いんだ。 君のその手は、これからの領民に差し伸べる手だ。君のご両親からの深い愛情を持って育まれたものだ。 そんな大切なものを、ここで今、衝動に駆られるままに汚してはいけない。 そんなことをしては、きっと君はこれから一生、自分のことを許せなくなってしまうよ」
それを聞いたアザレアは切なそうな声色と表情で叫んだ。
「でも……でもそれじゃあ! 私のこの気持ちは?! この悔しさは?! この悲しみは?! この憎しみは?! この辛さは?! この、渦巻く思いは! 一体どこに?! 誰に?! どうすればいいんですか?! 私には! 私には!私には……分かりません……」
そう言ったアザレアは、救いを求めるような表情をしながら声にならない嗚咽をこぼした。
そんな様子のアザレアを、静かに抱き寄せて、その頭を撫でた。そうだ、こんなにすごい力を持って、一世一代の決意をしたとしても、まだか弱いただの少女なんだ。
「俺が聞くよ……君が、アザレアちゃんが満足するまで……」
「う、うぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁあ! 父様ぁぁぁあ! 母様ぁぁぁあ!」
先ほどとは違い、アザレアは大きな声で泣いた。
アザミ
赤い、針に似た花弁を持つ花。花言葉は報復。針状の花弁を飛ばす。殺傷能力などは比較的弱いが、広い範囲を攻撃できる。また、同時にいくつも展開することが可能。