貸し切りビーチの主人
「お初にお目にかかります鏡魔術師のミラト様。 私はリンヴェルと申すものです」
「鏡魔術師のミラト=スぺクルムだ。 本日はこちらの都合で無理にお呼びしてしまってすまない」
「いえいえ、お気になさらないでください」
ギルドの個室に入ってきたリンヴェルと、握手をしながら挨拶を交わした。リンヴェルはワミツさんの話では今年で70を迎えられると聞いていたが、全然そのようには見えない。杖こそ持っているが、腰は全くまがって無く、あごから伸びている髭や、丁寧に整えられた白髪がなければ、到底70を迎える人とは思えない。
「お久しぶりです、リンヴェルさん」
「これはこれはワミツ殿、息災なご様子で何より」
「リンヴェルさんこそ、本当に今年で70を迎えられる方とは思えませんよ」
「ワミツ殿、お世辞はよしてくだされ」
「私もそう思います、リンヴェルさん」
「ミラト殿までそうかしこまらないでくだされ。 ぜひ、普段と同じようにしてくだされ」
「そうか、ではこの口調で」
俺はリンヴェルに言われたとおり、いつもの口調に戻して、さっそく本題に入った。
「それでリンヴェルさん。 ワミツさんから既に聞いてはいると思うのだが改めてお聞きしたい」
「ふむ」
「そちらの経営されている貸し切りビーチを、お借りすることは可能か?」
「ミラト様も大変運が良い」
「運がいいとは?」
「実は昨日、最高級クラスのビーチの予約が一件キャンセルが入ったのですよ」
「では?!」
「えぇ、ぜひ私の経営している貸し切りビーチ【泡沫】を、心行くまでお楽しみください」
「やったなリリー?!」
「はい!」
「ではミラト様、ご予約の手続きのために一度、泡沫までお越しいただいてもよろしいでしょうか?」
「あぁ分かった」
「では私は先に失礼します」
リンヴェルは俺たちとワミツさんに軽く礼をした後、個室から出ていき、その後には馬車を走らせる音が、微かにだが聞こえた。
「ワミツさん、本当にありがとう」
「ありがとうございます」
「いえいえ、こちらも思惑あっての行動ですので、感謝されることではありませんよ」
「だがワミツさんがいなければ俺はリンヴェルさんと知り合うことはできなかった。 だから感謝をさせてくれ」
俺が頭を下げれると、ワミツは非常に困ったような顔をしていた。そしてそのすぐ後、何か思いついたようで、俺に話しかけてきた。
「では一つ、お願いが」
「わかった」
「普段の口調で話してもよろしいですか? 何分もとは冒険者、敬語はあまり得意ではなくて」
「なんだ、そんなことか。 全然気にしないのに」
「ではいつも通りに……いや~、やっぱり敬語は変に疲れるな」
ワミツは腰に手を当てて、大笑いをしながら砕けた口調で話しかけてきた。
「にしてもミラト殿も運がいいな」
「我ながら幸運だと思うよ」
「この時期の泡沫は一番お手軽なコースでもすぐに予約いっぱいになっちまうからよ」
「そんなところによく声をかけようと思ったな」
「確かに言われてみればそうだな」
「おいおいしっかりしてくれよ」
「まぁ、結果オーライだな」
それから数分ほどワミツと話した後、俺とリリーは泡沫に向かうため、ギルドを出た。