蟻の女王
薄暗い通路を抜けると、先ほどの大広間の十倍はありそうな空間が広がっていた。まだ光源を確保していないが、この空間の中心にとてつもない大きさをした魔物が鎮座していることが分かる。中央に鎮座している魔物は俺たちの方にノソノソと動き出した。
「光魔法【ライトエリア】」
魔力が集まり、地に沈んでいくと、そのまま床を伝い、壁を伝い、天井まで到達した。すると、床や壁、天井が光りだした。すると、だだっ広い空間が、まるで快晴の日のように明るく照らされた。そして、明るくなったことで空間の中心に鎮座する者の全貌が明らかになった。
「ギシャァァァァァァァァアアア!!」
「やはりそうだよな……」
空間の中心に鎮座するもの、それは討伐推奨レベルSに分類される魔物……鋼鉄女王蟻だ。
キラキラと光を反射する外骨格はまさに鋼鉄と評するにふさわしい。
その大あごは馬車ほどの大きさをしており、噛み付かれたら即死は免れないだろう。
その巨体を支える足は、一本だけですら石柱ほどの太さがある。
そして何よりその巨体はすさまじく、兵隊蟻の百倍どころか五百倍はありそうな大きさをしている。
「まさに王の風格だな……」
ただそこにいるだけで威圧感を感じる。まさに王といったところだろう。
「ミラト様……」
「いつも通り、落ち着いていこう」
「はい」
「ギシャァァァ……」
体格が大きすぎるが故に動きがのろいが、その一挙手一投足が少しでもカスってしまえば即死だろう。慎重に、かつ大胆に攻撃する必要性がある。
「ギシャァァァァァア!!」
「リリー、避けて!」
俺の声を聞いてリリーは反射的に即座にその場を離れた。するとその瞬間、鋼鉄の杭が地面から複数本リリーのいたところに現れた。これは恐らく土魔法の上位業だろう。簡単そうに見えているが、れっきとした高威力であり、一本でも避け切れていなければ今頃リリーは物言わぬ肉塊に変貌してただろう。ほぼノーモーションでこの威力はまさに討伐推奨レベルSといったところだろう。
「リリー、大丈夫?!」
「は、はい……何とか」
「よかった」
俺達は回避から一転、攻撃に転じようとしたが、鋼鉄女王蟻の振り上げた足を避けなければ重傷を負ってしまうため、なかなか攻撃に転じることができない。なんというか……もどかしさがぬぐい切れない。
そんな状態が数十分ほど続いた。俺たちは息が上がり、少し肩で息をするようになった。逃げ回るだけであれば問題はないのだが、そこに一度でも攻撃をくらうと即死という精神的疲労が、少しづつ体を蝕み始めている。
「はぁ……はぁ……リリー」
「な、何でしょうか……はぁ……ミラト様」
「さすがにこのままだとまずいから、タイミングで一気に攻めに転じよう」
「分かりました」
「そこで一つ頼みたいことがあるんだけど」
「何なりとお申し付けください」
リリーは迷わずにそう答えた。
「ありがとう、リリー」
「いえ、お気になさらず」
「なら、とても危険なことを頼むことにはなるんだけど……足止めを、十秒だけでいいから頼めないかな?」
「分かりました。 やってみます」
「じゃあ次に前足が持ち上がったタイミングで行くよ?!」
「はい!」
俺達は手短に話を終えると、先ほどと同じように攻撃を回避しながら反撃のチャンスの機会を伺った。