銀治「白髪のお婆さんでも許容範囲ですか? はい、ギリギリ範囲内です」
前回のあらすじ:頭の中を通り過ぎた白パン。
銀髪美少女の白パンが頭の中を埋め尽くしている、だと……。くそっ……悔しいことに印象が強すぎて香りを覚えていない……。我が生涯に悔い有りまくりじゃないか……。
思い出せ……あの時の事を……もう一度思い出すんだ銀治……。
「……」
右手で頭を押さえながら懸命に振り返ってみる。
白パン顔面ダイブからの後頭部を打ち付け、ひっくり返して見たら銀髪美少女。
これはどう考えても……。
「とてつもないテンプレじゃないか……」
素晴らしいな大学って。中学や高校と違って多種多様な生き物が居るとは聞いていたが、まさか銀髪美少女姉妹に会えるなんて。これはもうあれだな、運命以外の何物でもないな。
「おっと……」
目の前の食堂を左だな。
大学の敷地からようやく脱出し一車線しかない歩道を一人で歩き続ける。
あ、そういえば母がお隣さんに引っ越し祝い渡しなさいって言ってたな。でも、そもそも引っ越し祝いってこっちが貰うべきじゃないのか。引っ越して来たのは俺であり、結果的に母が祝うべきは俺になるんじゃないだろうか。
あれ……つまり、俺は引っ越し祝いを母に返さないといけなくなるのでは?
「……」
ならお隣さんに渡してお隣さんから俺がお返しを貰うのが得策か……。
「……」
あぁ……せっかく銀髪美少女姉妹に会えたのに一緒に帰れなかったことが悔やまれる……。
守る為に鍛えた体も守れず仕舞いだと何の意味もないじゃないか。せっかく出会えたのに俺の高校三年間が全て無駄になってしまう。
「高校、か……」
良い事も……無かったな。うん、無い無い。印象に残ってるだけでもクソみたいな思い出しかない。
確か、高校一年生の時に告白してきた女子を断ってから女子全員から目の敵にされ、男子からは「武装したオタク」と異名を付けられた。そのせいでヤンキーから喧嘩は吹っ掛けられるわ、オタクである同級生は怖がってしまって仲良く出来なかったわで散々だった。
そうだ。それから俺は銀髪美少女に出会う事だけを考えて生きてきたんだ。
銀髪美少女以外は基本助けないのがモットーだ。
五メートル間隔で立ち尽くす街灯。申し訳程度のガードレール。一人で歩くには少しばかり危ない気もする。
「うん?」
帰り道を歩いていると目の前にはスーパーで買ったであろう大量の荷物を持って歩く着物姿のお婆さんが!
助けねば!
鞄がズレないように押さえながらお婆さんの元までダッシュ。
「大丈夫ですか?」
「あ、ええ、大丈夫ですよ」
「荷物多そうなので持ちますよ」
お婆さんに手を差し出して荷物プリーズの態勢に入る。
「あら、なんて親切な……よろしいんですか?」
「ええ、もちろん」
「じゃぁ、お願いしてもいいかしら?」
「はい」
お婆さんの抱えるスーパーの袋四つを全て預かり一緒に歩いていく。
「はぁ……ちょっと思ったよりも買いすぎちゃったみたいで、ごめんなさいね……」
お婆さんが困った顔で頬に手を当てると、後ろで一本にまとめられている白い髪がゆらりと動いた。
「気にしないでいいですよ。それにしても、この荷物大変だったでしょう。家は近いんですか?」
「え、ええ。すぐそこのアパートなんですけどね……」
「俺の家も近いんでそこまで持っていきますね」
お婆さんに向けて社交辞令程度の微笑みを見せる。
「そんな、何から何まで申し訳ないですよ……」
「いえ、その何と言いますか……放っておけない性分なので」
白い髪が右に左に揺れている。
「お優しいんですね」
お婆さんの無垢な微笑みが俺に向けられた。だが、俺はお婆さんの言葉に真顔で答える。
「いや、そんなことはないですよ」
「え?」
くっ……ミスったか……。お婆さんが「何言ってるんだこいつ?」みたいな顔をしてるぞ……どうしよう。な、何か会話を続けなければ……。
「そ、その、お婆さんの髪、とても綺麗ですね」
俺が上手に人を褒められる訳もなく、目に入る髪の話題に変えてみる。
「あ、ああ、これね。お婆さんだから白くなっちゃってねぇ……」
お婆さんが後ろでまとめた髪を片手で触りつつ遠慮がちに言う。だがしかし。
「むしろそれが良いと思いますよ」
白い髪を見ながら俺は微笑んだ。
――お気付きの通り、芥川銀治の銀髪美少女好きは白髪のお婆さんも許容範囲であった。
「あ、ありがとうね」
くっ。
素敵な微笑みに思わず心を開きそうになってしまった。だが、頭の中の八割が銀髪美少女と白パンと銀髪美女で埋まっているのに変わりはなく、残りの二割は「社交辞令」と「帰宅」に意識を使っていたのでなんとか正気を保つことが出来た。
「ああ、着きました」
お婆さんの足が止まり、見つめる先に視線を持っていく。
「……え、ここですか?」
見覚えのあるアパートに自然と足が止まる。二階建てのまだ新しい雰囲気の建物。数日前からお世話になっているはずの俺のアパート。
「ええ、そうですけど……」
ブロック塀に囲まれた敷地。入口になっている部分の壁には「銀」と書かれたアパートの看板。名前で気に入ったため、父親に土下座してここに住まわせてもらっていたけど、まさかのお婆さんと同じとは……。
「俺もここに住んでるんで丁度良かったです」
もう一度、申し訳程度の社交辞令の微笑みを送る。
「あら、そうだったのね。じゃぁ、あそこの大学生さんなのね」
「え、ええ、今年から入った芥川銀治です」
まぁ、距離的に近いしすぐそこの大学生だと言わなくても分かるだろうに。
「貴方が芥川さんだったのね」
お婆さんが納得したように微笑む。
「ん? そうですけど……」
「このアパートの大家の西川銀子と申します」
「なっ……」
まじか……挨拶行ってなかったから知らなかった……果てしなく気まずい。
「あー、そうだったんですね……挨拶に行けず申し訳ないです」
「いえいえ、学生さんで挨拶する子の方が珍しいですから」
にっこり微笑みながら返事をするお婆さん。軽く学生を馬鹿にしているような気もするが……まぁ、挨拶に行ってない時点でこちらの負けだな。言い訳するのはやめておこう。
「すみません……次から気を付けます」
「いえいえ、そんなに気になさらないで。私は一〇一号室に住んでるので、何かあったら頼ってくださいね」
「あ……」
なんて丁寧なお婆さんなんだ……思わず声が詰まってしまった。
「どうかしましたか?」
「ああ、いえ……、何かあればそうさせて頂きます」
頭を下げて会釈の構え。
「芥川さんは、たしか二階でしたね」
「はい、二〇四号室に住まわせてもらってます」
「ふふっ、そうですかそうですか。じゃぁ、時々おかずを持っていきますね」
あまり向けられたことのない優しい笑顔が眩しい……。
「いいんですか?」
「ええ、もちろんですよ。荷物を持っていただいたお礼もかねて、ぜひ」
「なんだかすみません」
自然と口からそんな言葉が漏れた。慣れていない言葉でも意外と勝手に出てくるもんだな。
その後、お婆さんの家まで荷物を持っていき、アパートの外側に設置された階段を上がって行く。カツンカツンと鉄の音が響く。
今日は久しぶりに喋ったな。思っていたよりも口が動いて助かった。まだ顔の筋肉は死んでないみたいだ。
「二〇四……二〇四……」
間違って別の部屋に入ったら大変だからな。間違えないように部屋番は確認せねば……。
そういえば、二〇三と二〇五号室に挨拶行った方が良いのか? でも、面倒臭いしな……大家に挨拶行く前に出会ってしまって気まずいのもあるし、また今度で良いか。
ポケットに突っ込んでいたアパートの鍵を差し込んで玄関に入る。
「ただいまー……って誰も居ないじゃないか……」
くそ恥ずかしい……。
「あ……」
そうだった。大事なことを忘れていた。
「晩飯……」
――この日、銀治は晩飯抜きで次の日を迎えたのだった。
作者「銀治さんお疲れ様です!」
銀治「……」
作者「銀治さん?」(;・∀・)
銀治「zzz……」
作者「( ;∀;)」