銀治「覚えているのは何ですか? はい、白パンです」
前回のあらすじ:彩芽が風呂場に誘拐された!
――銀治、起床。時間はなんと七時前である! 辺りは既に真暗であった!
「……ハッ!」
なんだかとても良い夢を見ていたような気がする。
「確か銀髪美少女と銀髪美女に囲まれて……」
辺りを確認するが広い講義室には俺の姿しかない。しかも暗い。とても暗い
「なぜ、誰も起こしてくれないんだ……」
真暗な講義室で一人きりなんてひどすぎる。せめて銀髪美少女が起こしてくれれば飛び起きたものの……。
「右を向いても左を向いても無駄に広いな。段差ごとに三人座れる長机並べすぎだろ……縦に七列と横が……。
前の方から後ろに目線を動かし、そのまま扇状の外側をぐるっと見回してみる。
「後ろに至っては十個も並んでるじゃないか……絶対無駄だろ……」
中心の教壇も上下スライド式のホワイトボードも一番後ろの席だと確実に遠いだろうし。もしこの講義室が全部埋まって授業したら先生は公開処刑みたいな状況になるじゃないか。
いや、そんなことよりも……。
銀髪美少女……明日も会えるだろうか。いや、希望ではなく必然にしなければならない。
「……とりあえず帰ろう」
あぁ、せっかく貰ったプリントがぐちゃぐちゃになってしまっている。今日は単位と必修科目のオリエンテーション、明日は春季に受けられる単位の説明か……とてつもなく面倒臭いな。自由を欲していた高校の時は分からなかったが、自分で選択の幅を広げるというのも面倒臭いとは……。
肩掛け鞄にプリントと筆記具をしまい、後ろに回していた鞄のフタを前に戻す。カチッと磁石が引っ付く音を確認してから俺は立ち上がった。
段差に気を付けながら扇状の講義室の外側にある出口へと向かう。
「……っ!」
くっ……足の小指が机の脚に……。
「くぅ……地味に痛い……」
暗くて見にくいし危ないし……。
「……あんまり着けたくはなかったが……背に腹は代えられん」
せっかく閉じた鞄をもう一度開け、中から眼鏡ケースを取り出し黒い縁の眼鏡を耳にかける。
うむ、数メートル先の視界もハッキリ見える。
「よし……」
イヤホン……も鞄の中か……家まで近いし大丈夫か。
高校生活が終わってから大学に入って初めての一人暮らし。父も母も口うるさかったので丁度良かった。「勉強しろ」「ゲームはするな」「アニメは見るな」ってがんじがらめの中、良く耐え抜いたと思う。我ながら感心に値する。
ただ、家賃は親持ちというのが忍びないので早いとこバイトして食費だけでも稼がねば……。
「お、出口だ」
講義室を出ると廊下には人の気配が全くなかった。右も左も等間隔で天井には蛍光灯が一本ずつ並んでいる。講義室が広いわりに廊下が病院のように狭いことに違和感を覚える。
「今は二階だな」
階段に辿り着いた時にもう一回落ちてこないかな。
一応、階段の前で立ち止まってみる。
「まぁ、ないな」
銀髪美少女とぶつかった階段から一階に降りる。すると、ようやく人の姿がちらほら現れた。
「銀髪美少女に……銀髪美女……可愛いし綺麗だったな……」
苗字は柊で、彩芽と彩香だな。常日頃、忘れっぽい性格でも自分の好きなものは直ぐに覚えられるのは何故だろう。出来れば苦手なものを覚えられる頭が欲しかった。
「……なんかあの人銀髪美少女とか一人で呟いてるんですけど……」
二三メートル圏内に女生徒が二人。
「関わっちゃダメな奴だよ! やばい奴だ!」
茶髪ロングに黒髪ロングか。ふん、銀髪美少女の良さを分かってない奴にそもそも用はない。
見知らぬ学生二人をスルーし本館を後にする。
外も暗いな……。
「えっと、確か……」
正面に見えるのが中央広場なので、左に曲がって北門からだな。
無駄な動きは極力減らすことが何よりも大切だ。北門までの最短距離を歩く。趣味の世界に生きてきた俺に他の大学生は眼中にない。今、俺の中にあるものは……。
――銀治の頭に過ぎるのは階段から落ちてきた白パンであった




