銀治「肩からずり落ちそうなあのTシャツはなんなんですかね」
前回のあらすじ:騙された初恋。
「あぁあああああ……あの時……あの時に気付いていればこんな事には……」
玄関でしゃがみこみ、折りたたんだ両膝の上で腕を枕に顔を埋め込む。
銀髪の綺麗なお母さんと少年時代にキスしてきたミハイル……。再び会った時に女の子姿だったミハイルに俺は……俺は……。
「あぁあああ……あぁああああ……」
俺の銀髪美少女好きを確立させた張本人……。そして、今でもその女の子らしい振る舞いと顔立ちは変わっていない……。というか、俺の知らない所で色々とパワーアップしているようだ……。
「よしよし♪ 怖くなーい怖くなーい♪ ギン君は僕が好きになる~♪」
何故か俺の頭を優しく撫でながら呪いの呪文を唱えるミハイル。俺の想いなんて知る由もないんだろう……。
「くそっ……なんでお前がここに居……ッ⁉」
問いかけながら視線を上げていく途中――
男の足とは思えない細くて白い足首、毛の一本も生えていない美脚……膝に手をついて屈むミハイルの姿……。太もも丸出しの水色のミニジーンズに胸元がだらんと広がっている襟首の広いTシャツ……。
誰かに引き延ばされたのかと思うくらい広がっているが、そういうTシャツなのだろう……。
「ッ……!」
胸元の開いたTシャツで前のめりになっているせいでミハイルの絶壁が視界にチラつく。
見えそうで見えない……じゃない。くそっ、なぜ俺は男の胸元に意識を持っていかれているんだ……。
落ち着け……こいつは男……こいつは男だ……。
よし……。
俺の頭を微笑みながら撫でるミハイルの顔が視界に入った。
「ギン君どしたの?」
「どうしたもこうしたも……」
手を払いのけながら立ち上がりミハイルの前に立ち上がる。
「なんでお前がここに居るんだ……」
「なんでって……よこしょっと……」
曲げた膝を伸ばしながら一呼吸開けるミハイル。
「仕事がひと段落したから来ちゃった♪ なんちゃって♪」
片足を上げて目元で片手ピースとか、くそあざといのですがこれはどう対処すればいいんだ……。
うん、俺にはこいつの対応は出来ない……。
「帰ってくれ……」
押せ押せとミハイルを追い返そうと試みる。
「やんっ♪ もーエッチなんだからー……なんちゃって♪ えへへ……♪」
触れた瞬間、照れくさそうに頭をかくミハイル。
くそ……。ミハイルの声に反応して自然と胴体に触れないように肩を持っている俺が情けない……。
「お前、小さい頃とキャラがブレてんだよ……ほら、早く帰れ……」
「六年振りくらいの再会なのに冷たいぞーっ♪」
頬に人差し指を突き付けられめり込んでいく。こいつ指細いな……。本当に男か女か分からん……。しかも銀髪のせいで彩芽や彩香と面影が重なるのがとてつもなく鬱陶しい……。
あらぬ感情が芽生えそうになる前に玄関の扉を開けて外に押し出そうとする。
「え、ほんとに追い返すの⁉」
「うむ……」
ようやく本気なのが伝わったのかミハイルの表情がほんの少しだけ曇った。
「ちょ、ちょっと⁉ ほんとに追い出すつもりなのかなっ⁉ ギン君⁉ ギン君⁉」
「俺のテリトリーに入るな……」
「こ、こんな可愛い女の子追い出すってどうかなーって思うんだけどなー……」
ミハイルの笑顔に少しだけ焦りが見え、玄関の扉をぐっと抑え込みにきた。
「自分で可愛いと言う奴は信用ならん……それにお前は女の子じゃない……」
「うん、言うなれば男の娘っ――」
バタン。
「ふぅ……」
最後にグーサインの決めポーズをとって扉の向こうに消えていったミハイルが瞼の裏に焼き付いている……鬱陶しい……。
「はぁ……」
「開けてよー、開けて開けてーやだやだー会いに来たのにあんまりだよぉ……」
泣きそうな女の子――ではなく男の声に同情するんじゃない……。俺の良心の呵責よ、どうか耐えてくれ……。あれは男だ……あれは男なんだ……。
「開けてくれなきゃギン君のパパに言いつけるもんねー」
「……」
「ママにも言うもん……」
「……」
「ギン君のパパに電話……つまり警察に電話して……パトカー呼んで……」
その言葉の羅列はダメだろ。
「あ、もしもし、すみません……その、今彼氏に追い出されてしまって……ぐすん……はい、暴力振われて……」
いやいやいや。
身の危険を感じて扉を開ける。
「誤解を生むような表現はやめてくれ……うん?」
そこには頭に拳を当ててウインクしながらキャピッと片足を上げているミハイルが居た。
「テッテレー♪ ドッキリでしたー♪」
「くそが……」
扉を急いで閉めようとする。が、デニム生地のスニーカーを玄関の隙間に挟み込まれてしまって閉まらない……。
「い、痛い……痛いよギン君……」
「うっ……」
玄関の隙間から、胸元に両手を寄せて上目遣いで見つめてくるミハイルに、ほんの少しだけ心が揺らぎそうになる……。
「う、嘘だ……もう騙されないぞ……俺はもうお前を信じない……」
こんな奴が初恋相手だなんて俺は信じたくない……。
「うぅ……うぐっ……」
片足がしっかり隙間に突き刺さっているのでわざと泣いていることは分かる。
だが……、昼間の公園での彩芽と面影が重なってしまって心が折れた……。