彩芽「お姉ちゃん、助けて……変態が……変態が……」
話は少し前に遡る。
大学の入学式を終えた銀髪の美少女こと柊彩芽は浮いていた。双子の姉が先にどこかへ行ってしまい、内気な性格とその容姿は周囲の学生が近付くには非常に難しい存在である。
大学のだだっ広い講義室、黒板から扇形に段差をつけて並べられた机、そこに彩芽は座っている。
ここから階段に至るまでのバトンを彼女に渡そうか――
やばい、お姉ちゃんどこ行ったの……。なんで一人にするのよ……バレー部あるから見に行くって言ってから一時間……。待ってる身にもなってよ……。
「おい……あの子めっちゃ可愛いんだけど……何あれ人形?」
「ばか、あれは多分痛い奴だ」
多分、私のことなんだろうけど、言うなら直接言いなさいよね。とか思いながら私もその口なんだけど……。
「はぁ……」
トイレ行こう……。
周りの声を聴かないようにしなきゃ。
「立ち上がったぞ……」
「あと追いかけるか」
「やめろ、俺は変態になりたくない」
どういう意味なんだろう……ああ、ダメだダメだ。聞いちゃダメだ。
「あれ子どもだろ」
ム……。
「まぁ、そうだよなぁ。ぺたんこだもんなぁ。ああいうのなんて言うんだっけ」
ムム……。
「ああ、まな板だ」
プツンと堪忍袋の緒が切れたと共に意識をシャットダウンして教室の扉を思いっきり開けた。爆発音に近いバンッという音に後ろから悲鳴や短い叫び声が聞こえる。
「……」
戦慄する室内。
ざまぁみやがれってんだ。
「ふんっ」
私は教室の様子を確かめることもなく眉間に皺を寄せながらトイレに向かった。
「だから一人は嫌って言ったのに彩香のやつ……いっつもこうだ……小学校も中学校も高校も……人見知りな私を置いてけぼりにして……一人だけバレーに目覚めちゃってさ、双子の癖にお姉ちゃんみたいに振る舞って。くっそー……」
いくら文句を垂れても「ぺたんこ」「まな板」の文字が頭から離れない!
廊下を曲がって階段を下りていく途中、踊り場で私の怒りは爆発した。
「こなくそー!」
でも、イライラして思いっきり飛び跳ねたのが運の尽きだった。というか、ちゃんと場所を考えて飛ぶべきだった。
「へっ?」
イメージしていた着地するはずの足場が一向に現れない。
「ふにゃー!」
「んぐっ……」
気が付いた時には男の人の顔面に足から飛び込んでいた。
「グフッ……」
男の人の苦しそうな声と床にぶつけた鈍い音が……なってはいけない音が男の人の後頭部から聞こえた。
やばい、どうしよう……。
「んー! んー!」
股の間で男の人の息が―
「やめっ……息、吹きかけないでっ……声、出さないでっ……」
うぅ……早くどかないと……っ⁉ 汚されちゃうっ……
立ち上がろうかと足に力を入れたその時だった。
「ひゃっ……」
小さめの私の身体は起き上がった男の人の股の間に背中からすっぽり収まった。
黒髪、キリっとした目つきに長袖の白いシャツ……やばいやばいやばい。先生だったらどうしよう。ちょっとカッコいい? いやいや、ないでしょ。
でも、そんなことよりも……男の人の股の間でひっくり返って顔を見つめられているこの状況は――
「もう……お嫁に行けない……」
こぼれる涙を指で拭いていると将来の夢が一緒に流れ落ちていくような気がした……。
悲しみに暮れている最中、男の人は唐突に――
「銀髪、しかも美少女だぁあああ!」
え……?
「我が生涯に一片の悔いなし!」
拳に思いきり力を込めながら男の人は涙を流していた。
「ひぃっ……」
怖いよお姉ちゃん……この人やばいよ……。叫んで拳握り締めて、そのまま絶望してるんですけど……。
「っ!」
恐怖と同様で声が出せないまま、気が付くと私は抱きかかえられた上にお姫様抱っこされていた。
……悪くは、ない、かな……。って違う違う……。
「ごめんね、怪我はないかい?」
「え……ええ……」
「可愛そうに……お母さんとはぐれたのかな?」
先生、なのかな。身長小さいからって子ども扱いとはこいつ……おっと、いけないいけない。私は冷静にならなくちゃ。
「いや違うよ、私この大学の――」
「お母さんの場所分かるかなー?」
むぅ……この人、全然人の話聞いてくれない!
「子ども扱いしないで」
ムッとした表情で睨み付けてみたけど、あんまり効果はなかったみたいだった。
「どっからどう見ても可愛い子どもで、銀髪美少女ロングとかもう、世界を滅ぼす兵器だぞ。人々は歴史の中でその争いを繰り返しているんだぞ」
この人の言っていることは意味不明だけど、一部聞こえてきた誉め言葉に頬が勝手に熱くなる。
「可愛い……美少女って……そんなに褒められても……」
どうしよう、褒められているのは分かるけど怖いよ……。
「お嫁に来てください」
「え?」
「あ、いや、その。お供に来てくださいというか、お友達から始めませんか的な感じではい、その、すみませんでした」
「……」
何言ってんだこいつは。
「フラれたら死のう……」
お友達になりましょう宣言からのその発言はダメでしょ! 私に断る権限無いじゃんか!
「え、そんなに思い詰めなくても……友達でいいならなるから、元気出して?」
男の人の顔を見上げてとりあえずの社交辞令で場を繋いでみる。
「天使だ……天使が降臨なされた……」
「え?」
もう私には対処しきれない案件になっていた。
「ドストライク過ぎるんですけどどうしてくれるんですか」
「え、ええ⁉」
もうイライラと恥ずかしさと嬉し……じゃなくて、もう頭がパンクしそう……。
「責任取ってください」
「それはこっちのセリフです! パパ、パンツの中に顔突っ込まれて、挙げ句の果てにお姫様抱っこなんて……」
男の人の言葉に頭の回っていない私もめちゃくちゃな事を口にしていた。
「喜んで責任を取ります」
「ふぇっ⁉」
もう色々と無理かもしれない! 落ちた先に居たのが変態の先生だなんて……。
ありったけの笑みを向けられた私は次のピンチが襲いかかってくる予感が頭によぎる。
「一生守らせてください」
「え……?」
プツンと頭のエンジンが止まった。
「え……?」
男の人は予想してなかった返事なのか困惑している。
「う……」
もう、いいかな……。
お姫様抱っこされたまま、私は堪忍袋の緒が切れた。
「う……有象無象の輩と付き合う気はないです……」
「う、有象無象って……」
よし、多少のダメージを与えられたっぽい!
「さっさと下ろしてください、ゲス野郎……」
優しい口調でもう一押ししてみる。
でも、多分今の私の顔は眉間に皺を寄せて、さながら不良のようになっているんだろうな……。
「可愛いので許す」
男の人がコメカミに血管を浮かせながら笑顔で言い返してきた……。
この人何考えてるか分かんないよ……発言の内容が意味不明だよ……。だからといって、このまま引き下がるわけにはいかないし……。
罵るしかない!
「ゲス野郎……下ろして……」
恐怖で涙が出そうなのをこらえて必死に訴えかけてみる。
「……ぅ⁉」
私の態勢はお姫様抱っこから両脇を手と腕の力のみで持ち上げられ、宙ぶらりんになった。このまま上下に動かされた場合、これは幼少期にお父さんがしてくれた「たかいたかーい」になるなと、頭の中に昔の思い出がよぎる。
「……」
私は彼と正面で向かい合っていた。
何、この状況…………あ、アホ毛発見。
「軽い、可愛い、美しい。ので、口の悪さは許します」
「え、ええええ⁉」
これが私と彼との最初の出会いだった。
ヒロイン:柊彩芽
性別:女
身長:152cm
髪:肩甲骨の近くまで伸びている銀色の髪
スリーサイズ:ぺたん・ぺたん・ぺたん
誕生日:2月14日
特技:特に無し
趣味:アニメ、ゲーム、(渋々コスプレ)
苦手:男の人、集団




