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8 お一人様は思い出す

 うとうとと眠り始めたルクスを抱いた私の腰を引き寄せてグイグイ歩くデュラン様。神殿の外に連れ出し、白い小石を敷き詰めた小道を抜けて……この道は、あの四阿への道。私は足を止めた。


「どうした?」

「……この先は行きたくありません」

「どうして?ミトの話じゃ紅葉が美しいらしいぞ?」

「紅葉ならば、西の崖下の方が綺麗です」

「崖下?ルクス王子を抱いて崖下を見下ろすとかありえんだろ?まさか、この先がおまえの姉とポラリアの王太子の密会現場か?」

 血の気が引いたのがわかった。


「おいおい図星かよ。そいつらバカなのか?こんな人目につくとこで……っておい!」

 私は体をよじってデュラン様から離れ、元来た道に戻ろうとした。すると後ろから手がまわってあっという間にデュラン様に縦抱きされた。ルクスごと。

「デュラン様、下ろして!」

「やだね」

「いや、いやなの、本当に、ああっ!」

 そこには七年前と変わらず、手入れの行き届いた庭と、四阿があった。





『ルビー、私の最愛の人』

『ラファエル様、ああ、今だけ強く抱きしめて!』





 あの時の情景がありありと浮かぶ。心がカチカチと凍りつく。



「マール……」

 デュラン様の親指が私の涙を拭う。四阿の手前で地面に降ろされる。

「マール、私を見ろ」

 命令され、ノロノロと顔を上げる。口調と裏腹に金の瞳は優しい色を帯び、目尻は困ったように下がっていた。

「もう、二度とお会いしません……」

 私の心は結局私しか守れない。この人は私を傷つける人だ。


 あれから七年、数日前までは泣くこともなく、おだやかに、慎ましく生きてきたのに。

 何故急にここに来て過去が押し寄せる?

 一度揺さぶられた心は、決壊が早い。泣いて……ばかり……


「とんだ失敗だな。泣かせるつもりなどなかった。例え、苦い記憶であってもお前の頭に他の男がいることが気にくわなくて、払拭したかった」

「……」


「昔、ラファエル王太子が一番好きだったそうだな」

 私はこの神殿では何一つ秘密を持てないらしい。

「ええ」

 事実だから、気の無い返事をした。


「今、一番好きなのは誰だ?」

 私が一番好きな人?ああ、昨夜も聞かれたっけ。

「ルクスです」

 ルクス、ただただ愛らしい。大人二人はこんな険悪な雰囲気だというのに、我関せずとスヤスヤ眠るルクスに私はキスをして、頬ずりする。

 ルクスだけだ。ありのままの私を受け入れてくれて、私に無理強いしないのは。


 デュラン様が私の両肩に手を置いて、

「私もルクス王子が好きだ。サジークの王族のくせにこんなに可愛らしいとは!でも一番好きなのは……マールだよ」


 ……ウンザリだ。

「カルーア様との話もご存知なんですね。皆さまお気遣いしていただき申し訳ありません」

 皆が私を一番好きだと持ち上げてくれる。なんて状況なの?笑いが込み上げる。


 ポツポツと雨が降り出した。

 デュラン様と二人、天を見上げる。いつのまにか分厚い雲が立ち込めていた。


「その逢引の日の天気は?」

「……快晴でした」

 デュラン様がマントの留め具を外し、私とルクスをその内側に入れた。ルクスが雨に濡れないためだとわかっていても、これは近すぎる!懐のなかは知らない柑橘系の香水の香りが立ち込め、彼の胸が頰に当たり、鼓動まで聞こえる!


 あわあわと顔を上げると、まず喉元のほくろ、そしてデュラン様の顔がすぐ上にあった。真剣な瞳に射すくめられる。

 鼻がこすれ、唇が触れる。

「な……」


 一度離れる。探るような瞳で見つめられたあと、もう一度重なる。少しずつ、啄まれ、私の唇の形を覚え、私の吐いた息を呑み込んで、離れた。

「マール。愛している」

「え……」


「最初は巫女でありながら自分の手で稼ぐ気概が気に入った。そしてルクス王子を愛しげに抱きしめる姿に見惚れた。そして私じゃない男を思い泣く姿に腹がたった」

 茫然と見つめると、雨で額に張り付いた髪を後ろに流される。


「還俗するまであと三年か?なるだけ早くマールを落とす。私はマールが必要だ。だから私のもとに連れ去るよ。マールの価値が分からぬものになど、くれてやるものか!」


 何を言ってるの?

「あなたは……私を何も知らないじゃない」


 デュラン様はふと私の胸元に視線を落とした。

「ルクス王子を見れば、全てがわかる」

「え?」

「子どもと神殿の年寄りどもに慕われているだけで、いかに誠実かわかるというものだ。俺には自由な時間がない。与えられた瞬間で、感じ、見つけた幸運を、素早く、全力でつかんでいくしか未来はない。そうやって生き延びてきた」

 褒められて、口説かれ?、狼狽え、俯く。


「私をどこに連れ去るというの?ご自分も不安定な立場でしょう?」

 デュラン様は片眉を上げた。

「当然我が母国に連れ帰る。その指輪はトリア王家のものだ。いずれ、母国が整い時期が来れば戻る」


 デュラン様はあっさりとトリアの王族である事、そちらをサジークよりも優先させることを認めてしまった。

 サジークによってぼろぼろにされた国の民の一人として、非情なサジークからあなたが解放される、そんな日が来るのか?と疑問に思う。でも私はトリアを知らないし、この人の実力も知らない。


「サジークにいいように使われてる、人質の他国の王子など面倒だらけで全く旨味のない立場だが、決してマールを裏切らない事だけは誓う」


 ……さすが戦勝国の宰相補佐。私が求めている言葉をピンポイントで言い当てる。

 流れ続ける涙をキスで吸い取られる、閣下の短いあごひげが頰をこする。耳に直接囁かれた。

「間違いない。一番、好きだ。誰よりも」


 あと一歩、信じきれない自分がいる。でも、

 四阿、雨、デュラン様、ルクス、キス。

 私の辛い記憶を、完全に新鮮な記憶が覆い尽くした。


「口約束でいい。俺と未来を紡……」

「う、ううういーあ!」

 私とデュラン様に挟まれていたルクスが起きて、ジタバタともがく。


 彼が私の背中の手を外し、ルクスを受け取り抱き上げる。


「王子〜!おまえもう少し寝てればよかったのに。空気読めないやつだな」

 デュラン様がルクスに軽くデコピンし、ルクスがキャッキャと笑う。

 私は一気に恥ずかしくなり、ハンカチを取り出して涙を拭う。


「だ、だだー!」

 ルクスが天に向かって手を伸ばす。思わず私たちも小雨の降る天を見上げる。


 虹が出ていた。




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