7 お一人様は再会する
まだ明るい時間だったけれど二人を寝室に連れていく。添い寝してやると、秒で寝た。同じく孤児で、ビシバシ淑女に育てている最中の14歳のリーザを連れてきて、二人を見守ってくれるように頼む。彼女は一眼で事態を把握して、任せてくださいと自分の胸を叩いた。思わずハグする。頼もしい限り。
ルクスを抱くコリンと合流して、大神官室を訪ねる。
そこにはお久しぶりである神殿ナンバー2の神官長テリー様も既にいらしていた。カルーア様が好々爺なのに対し、テリー様はロマンスグレーのシブいおじさまと言った感じ。神官長は国内に約1,000人の神官の実務トップ。国中を飛び回って組織をまとめている。私は人数分お茶を入れた後、テリー様の横に座り、ルクスを受け取った。
「テリー様、お帰りなさいませ」
「巫女様ただいま」
そう言って、ルクスの頭を撫でて、そのまま私の頭も撫でた。……何でも知ってるんだな、このおじさんも。
カルーア様がいつもよりも困った顔で話し出された。
「詳細をテリーに伝えたところです。今回の置き去りは犯罪が絡んでいて非常事態です。神殿としても見過ごせません。神殿の報告を受け、警備隊は早速人買いを総力をあげて探してくださるそうですよ」
「絶対絶対、捕まりますように!」
私が手を組んで祈る。するとテリー様が、
「聞けば、巫女様のお力で天罰が下り、幼子二人が助かったとのこと。間違いなく賊は捕まりますよ。奴らから子どもたちの出身地の情報が得られることでしょう」
テリー様が真剣な顔で、そう言ってくださるから、何だか恥ずかしくなった。
「それではケンとマイの今後について、いつものように話し合いましょう」
「はい!」
私は勢いよく手を挙げる。
「テリー様はまだご覧になっていないと思うのですが、二人とも金髪碧眼の目が潰れそうな超絶美形なのです。ね!」
カルーア様と私の後ろのコリンが揃って頷く。
「なので、もし、村に当面帰れず、ここで生活するのであれば、職業の選択や訓練の前に、まず自分の身を守れる力を身につけさせてやりたいです」
今回のような人さらいや、成長したのちは不埒な雇い主から逃げられるように。
「なるほど。護身術ということですね」
「本人たちのやる気次第ですが、護身術と、読み書きと、神殿のお手伝い。当面これで1日終わるかと。ただその護身術を誰が教えるかなんですが、テリー様、心当たりないですかね」
ここに住んで七年。はっきり聞いたわけではないけれど、神殿の表の仕事はカルーア大神官様が、そして裏の仕事はテリー神官長様が担ってらっしゃると思うんだよね……国中に広がる組織だもの。暗部的なものが絶対いると思うのだけど。
「うーん、ツテはないですね。お役に立てず申し訳ない」
テリー様にばっさりと切って捨てられた。やはり任期雇いの巫女なんかには神殿の闇部分は教えてもらえなかった。
「そうですか……では兄に騎士団の……あ……」
まだ、兄と顔を合わせる気には到底なれない。
「うーん……」
どうしたものかと悩んでいると、ドアの外がガヤガヤと騒がしくなった。
ガチャリと音がしてドアが開く。
「邪魔するぞ!」
私の視界を大きな背中が塞いだ。テリー様が私を……守るように立ち上がり中腰で構える。身のこなし、速い!
「……へえ、ありがとう。うちのルクス王子を守ってくれて。おそらくは神官長かな?」
その声……
私はテリー様の肩からそっと向こうを覗く。そこにはこんな森の中にいてはいけない人がいた。はあ……と腰を下ろす。
「神官長、大丈夫です。こちらはサジークのデュラン宰相補佐です」
カルーア様の説明に、
「……大変失礼いたしました」
と、テリー様は深々と頭を下げて、私の背中、コリンのそばに立った。
「ルクス王子、大きくなられた!」
ようやく頭が回転した。そうだ、今私の胸を相変わらず揉んでる赤子はサジークの王位継承権第1位の王子様。テリーが守ったのは私じゃないのだ。そしてデュラン様が様子を見に来るのも当然。いや、せめて先触れを出してほしい。
私は立ち上がり、淑女の礼をして、ルクスをデュラン様に手渡す。デュラン様は手慣れた様子で受け取り、左腕に縦抱き。もう首も据わっているので問題ない。
「だーだーだー」
「そうですか、元気でしたか。偉い!」
デュラン様は素早く手袋を脱ぎ、付き人に渡してルクスのアゴを人差し指でさする。ルクスはくすぐったいのかキャイキャイ声を上げる。今日のデュラン様はお忍びなのか、黒っぽい上下に黒マントだ。
イケメンと赤ちゃんが笑い、じゃれ合う光景……
傲慢な大国の使者だけれど……子供好きなら悪い人じゃないよね〜と同室した神殿サイドメンバーが全員一致で判断した瞬間だった。
私はテリー様とアイコンタクトして、二人で退出しようとすると、
「おい、どこに行く?座れ。神殿のトップ3が集まってるってことは話し合いの途中だろ?議題は何だ?」
別にやましい話しをしていたわけではない。大神官様の後ろの副官が綺麗にまとめて説明した。
「子どもを誘拐ねえ……」
私の隣、テリー様の座っていた場所にお掛けになったデュラン様がルクスをギュッと抱きしめ、瞳を冷たく光らせる。そうだった。この人も被害者だ。ああ、今回の犯人終わったな。未だ見つからないルクスの誘拐犯の代わりにボコボコにされるだろう。
「子どもこそが国の希望というのに、どこの国にも愚かな輩がいるものよ。で、その兄妹に武術を仕込みたいが、教師役がいない、ということに私の巫女は心を痛めているのだな?」
……私の巫女?私はサジークの巫女でもあるってことかな?
「まあ、そうです。ご指導くださる方がいれば、双子だけではなく、他の子たちのためにもなると思うのです」
ルクスがデュラン様の腕の中で大きく背中を仰け反らせ、私に手を差し伸べる。
デュラン様がクスリと笑い、ルクスをソファーに下ろすとハイハイで私によじ登り、私の胸の定位置に納まった。
「わかった。私の部下を使うといい。ミト!」
「はい」
デュラン様の数歩後ろで控えていた若い護衛が側に歩み寄り跪いた。わ、この人女性だ!女性で護衛なんてサジークはこの国よりも男女同権が進んでいるのかも!
「このミトに子どもたちの指導に当たらせるといい。年も近いから馴染むだろう」
「お、お待ちください!デュラン様の護衛の方に子どもの世話などさせられません!」
カルーア様が慌てる。
「ルクス王子の面倒を見てもらっている礼だ。それに私の立場は神殿が金や武力を持つことを許さない。私の配下の者のほうが加減が出来て都合がいいのだ。ちなみにミトは私の護衛ではない。巫女の護衛だ。だからこれまでとそう生活が変わるわけではない」
「「「は?」」」
私の護衛?
「つ、つまり、このミト殿はこれまでも当神殿にて、巫女様に張り付いていらしたと?」
テリー様が顔を引きつらせている。
「当たり前だ。私の巫女だぞ。キズ一つ負わせるつもりはない」
待ってよ……待ってよ……さっきも誤解しそうになったし……
そ、そうだわ!
「ルクス王子のためってことですね!さすがデュラン様!頼りになるおじちゃんがいて良かったでしゅねールクス!ん?」
ルクスの頰にキスをして顔を上げると、カルーア様とテリー様とコリンとミトさん?は微妙な顔をしていて、デュラン様は眼を細めて私を睨みつけていた。なぜ?
「巫女よ。私と巫女はちょっと話合いが必要だな。大神官、ミトと雇用形態をすり合わせておくといい。ミトは私の意思を把握している。では行くぞ!」
「え?」
ルクスを抱いた私の腰に手を回して、殿下はズンズン部屋を出た。
◇◇◇
「不敬を承知で言うけれどね……あのお二人、子どもを大事に育てる若夫婦にしか見えないよねえ」
カルーア大神官のつぶやきに、その場の全員が同意した。
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