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6 お一人様は嵐を起こす

 泣きすぎて喉が渇き、夜中起きると、大きなカルーア大神官様がベッドの横の小さな椅子に座り、私の頭を撫でていて、驚きすぎて息が止まるかと思った。


「ひっ、か、カルーア様?……あ、申し訳ありません。私……お務めを……」

 慌てて起き上がる。


「マール。いいのですよ。そのかわり明朝しっかり祈ってくださいね」

 カルーア様はにっこり笑って、私の頭の上の手を動かし続ける。


「あの、どうして、こちらに?」

「マール、あなたは巫女です。窓の外をご覧なさい」


 ベッドの上から外を見ると、この季節にしては珍しく土砂降りの雨だった。稲光りが天空で踊り、雷音が轟いている。

「あなたの嘆きに、天が悲しんでいるのです」


 それは、こじつけなんじゃないかな!っと思ったけれど、カルーア様の表情が深刻なので、強く否定できない。


「巫女となって、初めて泣いたのではないかな?」

慈悲に満ちた大神官様のお顔を呆然と見つめる……大神官様は思った以上に、私を気にかけてくださっていたのだ。


とはいえ、

「気分を……揺らしてしまい、申し訳ありませんでした」

としか言いようがない。まだ半信半疑だもの。明日から、努めて平常心に戻ります。


 カルーア様がコップに水を注いで手渡してくれた。ありがたくいただく。ひと心地ついた。


「マール。私は一番好きなのは死んだ妻ですが、二番目に好きなのはマールです」

「は?」

「で、妻は死んだので、繰り上がりで一番好きな人はマールですよ」


 当然、カルーア様は私たち母子のやりとりを全てご存知だ。私が下げない限り付き人コリンが側にいる。彼によって1から10まで報告済みだ。

 気を遣ってくれているだけとわかってるけれど、気を遣っていただけることが嬉しい。でも、


「それは、私が巫女だからでしょう?」

 つい憎まれ口を聞いてしまう。


 カルーア様は再びにっこり微笑まれて、

「巫女を支えることが私の仕事です。でもそれと好き嫌いは別。でしょう?」

 さっきの私の言い回しを真似られて、居心地が悪い。


「先代よりもずっとずっと、マールが好きです。祈る姿も、子どもたちに惜しみなく愛を与えるところも、疲れた私に美味しいお茶を淹れて、肩を揉んでくれるところも」

 嘘でも嬉しい。カルーア様はきっと嘘などつかないから、もっと嬉しい。


「私もカルーア様のこと大好きです。ルクスの次に」

 私も頑張って笑った。

「おや、ルクスに負けましたね。でもルクスではしょうがない。勝てる気がしない。さあ、おやすみ。良い夢を」

「おやすみなさい。カルーア様」




 ◇◇◇




 カルーア大神官は止まない雨を眺めたあと、己のシワだらけの手をギュッと握りしめて眠る、二十歳を過ぎたとはいえまだまだ可愛い小さな乙女を見下ろす。

 マールは穏やかで正直で働き者の気質をもって、前巫女の植え付けた巫女への神殿の不信感を、時間をかけて解きほぐした。

 神殿を明るくする、光そのものの巫女。神殿に籍を置く全世界の人間が敬愛する巫女。

「ここまでの大雨を降らすとは、どれほどおつらかったことか……長き時間を経てようやく傷が癒えてきたところに……歴代最強の巫女相手に、どいつもこいつも罰当たりどもめ!」





 ◇◇◇




 日常の生活を営むうちに、私はいつもの私に戻り、数日で空は綺麗に晴れた。

 そんな神殿に前日までの長雨でグッチョグチョに濡れた子供が2人現れた。経験上5、6歳ってとこ?


 近くにいた神官を捕まえて、

「どうしたの?」

「それが……何も話してくれないのです。あの様子ではこの数日森をさまよったと思うのですが。着替えさせたいところですが警戒心が強くて……」

「何か恐ろしい目にあったのかもね。私が行きます」

 巫女が警戒されたら世も末だ。


「こんにちは……って臭ーい!あなたたち、全然身体洗えてないわね!私はこの神殿の巫女さんです。今から身体を洗います!じゃないとご飯が食べれません!二人ともついといで……って、あーもう行くよ!」

 私は強引に二人の手を取りずんずん歩く。


「巫女様、どちらへ」

 神殿の最奥に向かう私に慌てて神官が声をかける。

「この子たちこの状態でお風呂に入れられないでしょう!泉に行きます!」

「聖なる泉へ?い、いけません!泉は巫女様だけの神聖な場所!」

「私よりもこの子たちの心の方がよっぽど綺麗に決まってるでしょ?大いなる神はこれしきの事で怒ったりしません!むしろお褒めくださるわよ!」

「おい、コリン!お止めしろ!」

「無理無理!もう決定事項みたいだもん」

 コリンはのんびり付いてくる。


「巫女さま〜あ」

 真面目な神官ドノは律儀に自分の居場所である建物の中から外に出てこなかった。まあ上手くコリンがなだめてくれるだろう。


 一歩外に踏み出せばそこはもう神域……という名の鬱蒼とした森だ。ただ、上手いこと外から入り込めない地形で、ひたすら静寂。他と空気が違う。敬虔な気持ちになってしまう場所だ。


 二人を連れてズンズン歩くと、小さな滝から水が流れ落ち、コンコンと透明な水が湧き出る泉に着いた。滝の裏に御神体?のような大岩があるけれど、今は関係ない。


「さあ、脱ぎなさーい!」

 私はさっさとワンピースと下着を脱いで、裸になり、石鹸とタオルを取り出し待ち構える。


「み、巫女さま、脱いだ!」

 一人が叫ぶ。

「なんだ喋れるじゃない!ほら、さっさと来る。勢いつけてザブンと入れば冷たくないから!」

「マイ、巫女様、女だ。大丈夫だよ」

 もう一人も話す。恥ずかしがり屋なのかな?

「はーい時間切れ〜!」

 私は強制的に一人づつ服を剥いだ。

「きゃあ!」

「うわあ!」


 それぞれの汚い服は、捨てるしかないので、適当に丸めて草むらへ置く。タオルに石鹸をつけて、一人づつゴシゴシ洗う!

「はい目を瞑って、泉に潜る!次、おいで!」

 大抵の汚れはこの清らかな泉に浸かるだけで落ちるのだけど、今回は一回じゃ汚れが落ちた気がしない。二人を交互に何度も何度も頭のてっぺんからつま先まで洗いあげた。


「なんとまあ……」


 知らない女に何度も押さえつけられて洗われた二人は、グッタリと泉にしゃがみ込んでいた。

 それはまるで美少年と美少女が、泉から生まれた瞬間の絵画のようだった。




 神殿の扉で先程置き去りにした神官とコリンが苦笑いして子供服を持って待っていた。

 私はそれを手早く着せて、再び手を引き食堂に連れていって、常備してあるスープを飲ませる。二人は大慌てで食べ始めた。


 少し落ち着いたようなのでその場を食堂のおばさんたちに任せ、ルクスの様子を見にいき、やっぱりシクシク泣いていたのでオムツを替えて抱っこした。


 食堂に戻るとおばさんたちがデザートのプリンを食べさせていた。甘くとろける味に目が喜びで輝く。よかった。

 私がルクスと一緒に側に行くと、女の子の方が口を開いた。

「巫女様はお母さんなの?」

「いいえ、この子はあなたたちと一緒。訳あって親と暮らせないからここにいるの」

「俺たちと一緒……」

 男の子も食べ終わったようだ。もういいかな。


「じゃあ、お腹もいっぱいになったし、身体も清めたし、神様にご挨拶に行きましょう!」


 私は二人がついてきているのを確認しながら、この神殿のメインの大祭壇にやってきた。

 神殿は一般の参拝者も時間帯によって入れる大祭壇、そして私と神官しか入れない奥祭壇、その奥に巫女しか入れない、先ほどの神域、最後に我々の居住区……で構成されている。

 参拝客の帰った大祭壇には大神官様がニコニコと待ち構えていた。

 私は子供たちと一緒に跪き、祭壇奥の1mほどの高さの神の像に南無南無と祈る。


「可愛い子供たちが祈ってくれて、神も喜んでいますよ。さあ、こちらにおいで」

 カルーア様が長椅子の参拝席に私たちを三人 (とルクス) 並べて座らせ、自分は正面にイスを持ってきて座った。

 カルーア様が威厳を隠し、ゆったりとした声で質問する。


「名前は」

「……ケンです」

「マイです」

 よかった。喋る気になってくれた。


「何才?」

「「7歳」」

 双子ちゃんかあ。

「どこから来たのかな?」

「……わかんない」

「水車がぐるぐる回ってる、村」

 水郷地帯かしら。


「どうやってここに来たか、話せるかい?」

 二人はぎゅっと手を繋ぎあった。


「……突然、怖い男がおうちにやってきて……お母さんを殴って……僕たちを捕まえて、ロープで結んで……」

「わ、私たち、袋に入れられて、馬車に乗せられて、何日も何日も……ううう」


 人さらい。人身売買だ。この子たちが……美しいから。

 怒りで震えると、ルクスが泣き出した。いけない。平常心平常心……慌てて泣き止ませようとするけれど、うまくいかず、コリンにルクスを任せ、散歩に行ってもらう。


「何日か前、大雨が降って、雷がピカピカ光って……そしたらバーンって音がして、ギャーって怖い人たちの声がして、静かになって」

「よいしょって袋から出て、外を見たら、怖い人が倒れてて、馬は居なくなってて、二人で逃げて、いっぱい転んで、夜は真っ暗で怖くて……でも私たち、頑張ってここまで歩いたの」


 カルーア様が軽く頷くと、後ろの神官が駆けていった。きっと街道に配置されている、国の警備兵のところに報告に行ったのだ。鬼畜どもを絶対捕まえてください!



「ケン、マイ、よーく頑張りました!この国でイッチバン偉い、この巫女さんがケンとマイをこの国でいっちばん偉い、勇敢な子供に認定しました!よくやった!スゴイ!カッコいい!巫女さんはケンとマイがだーい好きです!」


「俺たちが?」

「一番?」

「そう!いっちばん!」

 私が手を大きく広げると、モジモジしていた二人は同じタイミングでドーンと胸にぶつかってきた。

 私は二人をギュウギュウと抱きしめる。すると二人は声を揃えて泣き出した。


 温かい……本当に無事でよかった……。


「巫女様……泣いた甲斐がありましたな」

 カルーア様のおっしゃること、はじめ何のことかわからなかったけれど、私が泣いて起こした嵐で、この子たちは助かったってことか。


「泣いてもタダでは起きないの!私!」

「さすが我らの巫女様!」






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