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4 お一人様は監査を受ける

 私はしょうがなくアパートメント事業についてデュラン様に説明した。

 数棟のアパートの賃料報酬から経費を差し引いた分を出資額に応じて配当しており、神殿の収入はそこから得たもので、決して信者から取り立てるなど、怪しいお金ではないこと。

 そもそも私の一存でお金を出資させたこと。今すぐにでも出資分は私が買い取ることができること。

 最初の出資金と、配当金、そしてその利益からの支出、帳簿もデュラン様に見ていただいた。


「この通り配当利益はほぼ神殿の修復費に消えました。あとは私が全ての神官と子供たちの誕生日にパーティーをするとワガママを言いまして、出費はそれで全てです。もし贅沢してるのならルクス王子のこの産着もオムツも私の手縫いではなくてもうちょっとマシなの着せてます」


「巫女が……縫ったのか?」

「はい」

「お前は伯爵令嬢だろう?」

「刺繍は散々させられましたので、針仕事は苦になりません。ルクス王子は趣味にうるさくないですし」


 帳簿をめくりながら、デュラン様が唸る。

「……どんな事業であれ、黒字であること、まして配当を出せるとは大したものだ」

 褒められたようなので頭を下げる。


「次に新しいハコを作る時は俺も一口乗せろ」

「当分作る予定はありません」

「なぜ」

「他の同業者をこれ以上刺激したくありません」

「今更綺麗ごとを。十分に刺激し終わった後だろう。しかし競争とはそういうものだ。巫女の経営に負けて悔しいのであれば、巫女の方式を真似ればいいのだ」


「私がうまくいったのは運です。たまたま良い土地が出て、私のイメージを再現してくれる職人と出会えて、女優の友人が価値を吊り上げてくれました。次回もうまくいくとは限りません。そもそもこの事業の発端は、私が一人で生きていくためで、住む場所と、食えるだけのお金が手に入ればいい。手を広げても自由な時間がますます減って面倒なだけですわ」


「なるほど。ではアドバイザーという立場でサジーク国の住宅事情にもメスを入れろ。これは命令だ。対価は支払う。あと神殿への配当金は年200万ゴールドまでは問題にしないと約束しよう。確かにいざここに来てみれば修復の必要があるところばかりだからな。ただし収支報告はマメにしてもらう」


 さらりと命令された。サジークのことなど何一つ知らないのに。でも断る事など出来ない。

「寛大な処置、ありがとうございます」


 頭を下げるとルクス王子が伸び上がり、服の上から私の胸を探す。かなり恥ずかしい。

「ははっ、随分と懐いたな」

 口を開けて笑うデュラン様は思ったよりも人懐っこくて……案外気さくな方なのかもしれない。


「結局、抱っこする時間があるのは私しかおりませんので。それとも王妃様と私の体格が似ている、とか」

「王妃殿下は巫女よりも若く、もっと胸も大きい」

 悪かったな。

「もちろん王妃殿下はルクス王子を可愛がっていたが、多忙ゆえに結局は乳母まかせだった」

 そうか、よく考えれば王族なんてそんなもんか。


「ところで一人で生きていくとはどういうことだ?神殿に骨を埋めるのではないのか?」

「ああ、巫女は10年任期制なのです」

「つまり、やがて巫女を務めあげ、還俗するということか?」

「はい」

「巫女、今いくつだ」

「23です。あと3年ですね。アパートの一部屋で静かに余生を過ごすつもりなのですが、ここを巣立った子供たちが、遊びに行くよって言ってくれるので、案外賑やかになりそうですの」

 可愛い弟妹分の顔が浮かび、つい笑みを漏らす。


「……そんな暇はないと断言しよう」

「は?」


「あの!」

 私の後ろに控えていたコリンが声を上げた。

「歓談中申し訳ありません。巫女様、夕べの祈りの刻限にございます」

 こら〜!コリン!もっと早く声かけてもよかったよ〜!


 私はちらりとデュラン様を見る。

「お前の仕事を邪魔するつもりはない。また来る。マール」


「あ、あの!」

 私は慌ててデュラン様の横に行き、ルクス王子を差し出した。

「ルクス王子は置いていく。まだ誘拐犯が捕まっていない。悪いがもうしばらく面倒を見てくれ。バレぬように普通の孤児として扱ってほしい」

「はあ?」

 サジークの王子を預かる?冗談じゃない。ルクスは可愛いけれど、命がいくつあっても足りない。


 デュラン様は手袋を外し、小指の指輪を引き抜き、何故か私の手のひらに乗せた。ゴツい銀の台には鳥?の紋章と金に輝く宝石……シトリン?タイガーアイ?……が嵌めこまれている。

「この指輪があれば、いつ如何なるときも俺の元にたどり着ける。国境も越えられる。何かあればそれを使ってルクス王子とともにサジークに来い」

「何もありません!そもそも赤ちゃんを抱いて旅なんて行けるわけが……」

「巫女様!早く!」

 刻限が近づき焦る私にデュラン様はニコリと笑いかけ、なんと指輪を私の薬指にはめた!右手だけど!何故かピッタリ!


「えええ?」

「ほら行け、マール、またな!」

「えええ?」

 私はすれ違いに入ってきた、復活した大神官様にルクスを渡し、いつもの奥祭殿に連行された。



 ◇◇◇




 マールを見送ったデュランは人差し指の関節で、カルーア大神官の胸のルクスの頰をなぞりながら、


「マールが『金のなる巫女』と呼ばれているのは知っているか?」

「まあ……はい」

「神殿はよい拾い物をしたな」

「……」

「マールを手放すとは、この国の王家もバカなことだ。彼女が王妃になれば、あっという間にサジークに報復できたかもしれんのに」

「……前の巫女、ルビー様はとてもお美しかったので」

「マールは元気でかわいいじゃないか。価値はそれぞれということか」

「……」

「マールに求婚しにやってくる男はいないのか?」

「巫女がやがて還俗することは知られておりませんので神殿ではありえません。伯爵家の方にはあるかもしれませんが」

「一度、伯爵家に話を通しておくか」


「恐れながら……巫女の『一人で生きていく』という決意は相当固いものです。婚約破棄と巫女の変更は我々にとっても衝撃でした。当事者で被害者であるマールにとってはどれほどか……少女の頃、神殿に入る前のマールはハタから見てわかるほどに王太子殿下と……姉を深く愛しておりました。決して『元気』ではありません。ただ聡いだけ」

「ふん……これほどの能力のある女を一人で遊ばせておくものか!」

「……何卒巫女の意思を尊重されますように。あなた様は少々複雑だ。巫女を巻き込まないでいただきたい」


 それにデュランは返答せず、大神官に抱かれたルクスの頰をチョンとつついた。

「ルクス王子、値千金の女を見つけられましたね。私が次に来るまで、さっきのように、マールをしっかり捕まえておいてください」


 ルクスはゆっくり瞳を開けて、にぱっと笑った。




 ◇◇◇




「ローズ!いらっしゃい!」

「マール!お久しぶり!ルクス!相変わらずかわいいでちゅね!」


 ベルローズ様……ローズが面会に来てくれた。ローズは真っ白な肌に漆黒の髪、琥珀色の瞳にピンクの唇。前世の白雪姫そのものの清純派の容姿をしている。でもそれが化粧次第では男を手玉に取る妖艶な悪女に様変わり!あまりのギャップに笑ってしまう。

応接室でルクスを抱いて出迎えたのだが、ルクス王子を呼び捨てにしたのでひやっとした。当然ルクスの事情は極秘だ。

「もうすっかり親子ねえ」

「私たちも23だもの。子供がいてもおかしくないわ」

「「はあああ……」」


 そもそもアパート事業を立ち上げたのは、前世の職場での知識があったことと、結婚できそうもないローズと二人、誰からも追い出されず、快適に、仲良く助け合って生きていける場所が欲しいと思ったからだ。


 抱っこして手がふさがっている私に代わり、国一番の女優がいそいそとお茶を淹れてくれる。


「私たちの新築アパートの図面、見てくれた?」

 当然ローズも出資者だ。

「当然よ!とっても楽しみだわ。入居まであと半年ってとこかしら?今までのアパートも素敵だったし、執事もメイドも仲良くなったから寂しいけれど」

「次の執事たちも完璧にココで仕上げたからきっと大丈夫よ。でもなにかあったらすぐ教えて?元貴族令嬢で、今をときめく女優の目で磨かれたら、彼らももっと磨かれるもの。とにかくローズのプライベートをキチンと守るように言ってるから」

 ローズが狂信的なファンに襲われでもしたら大変だ。


「マールのお陰で安心して眠れるわ。ありがとうね。そういえば、私のお隣リスナー子爵夫妻なんでしょう?昔お付き合いがあったのよ。亡き母のお友達。懐かしい」

「そうなの?忘れ形見のローズがいるとわかればご夫妻も心強いでしょうね」


「ねえ、ところでそのコワモテの指輪、サジークのデュラン様に頂いたの?」

「ひっ!な、なんでそれを?」

 私は凶器のような指輪を嵌めっぱなしだ。抜けないのだ。無理矢理抜いて、繊細な意匠を壊して賠償問題になるのも怖いし……


 ローズが紅茶を片手にニヤリと笑う。

「先週、デュラン様がサジーク王の名代として王都に来訪されて、城で王家主催の歓迎レセプションがあったの。私もゲストとして参加して一曲歌ったんだけど、まとわりつく女たちに、『俺は巫女にしか興味がない』っておっしゃって。で、なぜか王太子殿下が王太子妃様を背中にして巫女は私の妻だ!とか三文芝居はじめてね。で、デュラン様が私の欲しいのは銀の瞳の巫女だ。既に指輪も渡しているし、命よりも大事なものも彼女に託している!って言い切ったの」


 ……確かに託されてるね……私は相変わらず、私の胸元にしがみついているルクス王子を見下ろした。

 瞳の色の秘密までご存知とは、この神殿にもスパイがいるってことだ。まあ探られて困るものなどないけれど。


 姉は瞳の話題を持ち出されてどういう気持ちだったのだろうか?

「ローズ、デュラン様と王太子妃様、どういう雰囲気だった?」

 小説では、デュラン様は王太子殿下に殺意を持つほどにルビーを強く愛していた。のちに見守る立場にシフトしたけれど。それでもルビーを不幸にする奴は俺が許さない!という気概にあふれていた。


「うーん、相変わらずオロオロして幼い妃殿下を、鬱陶しそうに眺めていたわねえ……って不敬だわね、ごめんあそばせ」

 ローズは私の親友。私の厳しいお妃教育の様子と……声にもならない嘆きをずっと見てきたから、一方的に私の味方。辛辣だ。


「お姉様の儚げな美しさは、デュラン様には伝わらなかったのかあ」

「マールは俺のものだと言わんばかりの発言で、周りを牽制してたわよ〜!皆、巫女の定年知らないから、叶わない恋だ純愛だ悲恋だって盛り上がってもう大変よ!ねえ、デュラン様と一体何があったの?」

「サジークにアパート作って出資させろって命令されたよ……」

「あはは〜金か〜やっぱり純愛じゃなかった〜!そうよね。世の中お金よお金!」


 お金がどれだけ大事か?道端で餓死しそうになったローズの言葉は、重い。私はその通りだと頷く。お金がなければ、若くない女一人で生きていけない。前世でも、今世でも。


「でもね、ラファエル殿下を睨みつける瞳、怖かった。純愛じゃないけど、ヘンテコな愛はある気がするわ」

「いらん〜!」





ようやく主要メンバーが出揃い、説明回が終わりました。

不動産ネタは実体験を元にしていますが、あくまでフィクションですので!


次回は週末更新予定です。

地味な話ですが、今後ともよろしくお願いします (*^▽^*)

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[一言] お話自体は好きな感じだったのですが一人で生きていく強い女性の話かと思ってました。恋愛になりそうなのでここまでにします。 文章の書き方などはすごい好みでした。 また面白そうなお話があれば読まさ…
[気になる点] 俺様王子は糞
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