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35 魂分神官は主を定める

 目の前で、私の命よりも大事な巫女が、自ら首に聖剣を突き立てた!!!


「巫女ーーーー!!!!」


 お護り……出来なかった。




 ◇◇◇




 宗教とは表向き国にも時代にも左右されないものであるが、市井で生活する人々が基盤であるのだから、景気不景気の影響は当然受ける。世界中がサジークの傲慢なあり方に鬱々とした中、久しぶりに巫女が誕生した。人々はこれで暮らし向きが良くなるに違いないと熱狂し、神官たちも静かに発奮した。


 しかし巫女と神殿の関係は時間を置いてもよそよそしいままで、特に明るさも見出せぬ日々の中、巫女が瞳の色を変えた。神殿は隙を作ってしまったことを反省し、期待することを諦めた。

 すると次の巫女が送り込まれた。何とスペアがいたのだ。神殿は粛々と受け入れた。


 神官長のもと、神兵として裏の仕事をこなしていると、急遽大神殿に呼び出された。

 大神官様の部屋に赴くと、そこには大神官様、神官長、そして三歳年上の女性の巫女付き神官が座っていた。何と彼女が結婚し、神殿を去るに当たって私が後任に決まった、ということだった。


「マジか……」


 彼女は私の手を取りギュッと握りしめた。

「コリン、色々と思うところはあると思うの。でもね、当代巫女様……マール様を色眼鏡で見ないで!巫女様はね、年上の私から見ると……痛々しいのよ。先代の汚名をそそごうと、とにかく健気で……」

「へ?」

 聞いたことのない評価に口が開く。


「サラのいうとおりなのだ。コリンの一番の仕事は巫女に無理をさせないこと。常に巫女の傍らにいて、巫女と同じ立場を貫くこと。巫女の……味方になることだ。はは、神官として当たり前すぎることだね。でも現状満足にできていないのだ」

 テリー様が苦笑する。


「コリン、お前は巫女と同い年。お前の明るさと率直さで巫女が身に纏った鎧を外し、お前の肩でうたた寝できるようになることを願っている」

 大神官様が、恐れ多くも私の成功のために、祈りを捧げた。


 私は前任者より、基本情報や巫女の付き人だけに伝わる伝承、注意点を教わり、必死で反芻した。




 ◇◇◇




 そうやって引き合わされた巫女は小さかった。そして常に動いていた。日々の祈りに加え、子供達の世話を積極的にこなし、自分の食事をこっそり食べ盛りの子供に渡し、遅くまで針仕事をしている。


「私に出来ることなど限られているけれど、何でもするわよ!」

 神のため、神殿のため、子供たちのため、民草のために与え続ける巫女。それは自分の喜びを諦めたからこそに見えた。


 そうだ、マール様は婚約破棄され、ここにきたのだ。女の喜びを、俗世の幸せを奪われて。

 その割に、それだからこそ、小さな喜びに声をたてて笑う。神官達もつられて笑う。私が笑わそうと冗談を言うとすぐさま乗っかってくる。気安く、可愛く、実は……賢い。

 気ままに行動しているように見えて、誰も不快な思いをしていないか常に気を配り、自分の行いを精査している。


 そして、還俗後、全く神殿の力、巫女ブランドを用いるつもりがない。還俗の際、その後の生活に十分な「お礼」をもらえると知らないのか?事業を起こし、抜群な選定眼で世に出ていない優秀な人材を発掘し、彼らを信頼し、老後?のために全力で軌道に乗せ続けている。

 前任サラの使った「健気」という言葉がしっくりくる。


 一か月で、巫女様にお仕えできることを、神に感謝するようになった。神事も、アパートの帳簿付けも、突然始める筋トレも全部付き合い、一緒に泣いて、一緒に笑った。


 頑なな巫女が、再び恋をした。巫女は始まってもいない瞬間からその恋心に蓋をした。

 確かにサジークの人質という立場のトリアの王子ってどんだけ複雑な相手だよ。

 でも、デュラン様はその立場は別にして、巫女に本気であることは明白だった。頭が痛いと思いながらも、静観した。王族のデュラン様ならば、外野を黙らせ、この満身創痍の巫女様と幸せになれるかもしれない……


 しかし、同情すべき点はあれど、結果デュラン様は巫女様を守れなかった。

 サジークの政情はますます攻撃的。私は、腹を括った。

 もう、人任せになどしない。私が、完璧に、敬愛するこの巫女姫を、御守りする!


 俺は独断で『魂分の儀』を行った。神官が巫女に永遠の忠誠を行う儀式。騎士が主君に行う宣誓ってやつと大体一緒だ。神殿にて、第三者の立会いのもと、巫女の血をもらい受け、神に誓い、祈る。


 応接室であれ、神殿は神殿。立ち会いは大神官と神官長、即座に決意し、痛々しい巫女の頰の傷から血をもらい、巫女付きのみに伝えられる、お伽話のような秘密の神言を唱える。

 大神官様が目を見開き、悲しげな瞳をされた後、小さく承認の祈りを呟かれた。


 翌日、私の瞳は銀になっていた。私は無事巫女の魂分けになった。魂分けは、神が決定するものだが、大前提として巫女の血が拒絶すれば成功しない。つまり、私は巫女から100パーセントの信頼を得ているということだ。はっきりと巫女の心を知り、震える。


「コリン……巫女の許可もとらず何故このような真似を……。もうこれでお前は生涯を巫女に捧げることになったのだぞ?」

 私の瞳を確認したテリー様が首を振りながらため息をつく。


「巫女様が許可するわけがないでしょう?」

 私たちの優しい巫女が、自分に私を縛りつける生涯の契約に納得するはずがない。


 重々しく大神官様が告げる。

「よくもとっさに秘言を諳んじたものだ……まあコリンは前神官長の息子、裏の裏まで知らぬ儀式などないか……コリン、お前は巫女の魂をもらい受けた。これよりお前は巫女と同等」

「わかっています。私の手にした権限……権力は、敬愛する巫女様をお守りする以外使いません。拘束力のある署名に一筆書いても構いません」


 大神官カルーア様が困ったように首を振った。

「……コリンにそのような心配などしていないよ。お前の瞳は巫女が与え、神が許したものなのだから。コリンは今後、巫女の行くところどこでも入ることが許された。コリン、正直助かるよ。今後神殿は、世界は大きく動く。くれぐれも巫女をよろしく」


「誰でもない、自分で願ったことなのです。全力で、巫女様を、巫女様の穏やかな生活を、お守りすると誓います。私の待遇も是非これまでどおりで」


 大神官様が立ち上がって、私を包み、抱擁し、祝福する。

「まさか、私の代で巫女が現れ……おまけに我ら神官の中から魂分けになれるほど、巫女の信頼を勝ち得るものが出てこようとは……」


「カルーア様、きっと歴史に残りますよ?」

「こら!茶化すでない!」





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― 新着の感想 ―
[一言] 一読者としては、側付きが籠絡されて先代巫女(姉)が残虐王から受けた仕打ちを知った上で、神殿側の人が先代の汚名云々言うと凄い違和感と言うか寒々しく感じる(^^; 神殿側が先代巫女の受けた仕打…
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