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28 お一人様は開戦を聞く

 早足で大祭壇の中に入り、私のただならぬ様子に駆け寄るコリンの肩に手を付く。


「巫女?いかがされました?」

「姉が……先代巫女、王太子妃がいたの」

 コリンが眉を寄せる。

「群衆の中に?確かですか?」

 私は小さく頷いた。


「巫女、落ち着いて。巫女は私が必ず守るから」

 私は静かに首を振る。

「別に危ないわけじゃない。傷つけられたわけじゃないから」

 ただ、動揺し、疑問が残っただけ。


 コリンとともに私室に戻ろうとすると、大神官様付きの神官が早足でやってきた。

「巫女様、王が重要な話があるとのことです。応接室にお願い致します」



 室内には、王、王妃がソファーに腰掛け、その後ろに宰相閣下と将軍閣下が控えていた。

 もったいぶってもしょうがないので、一礼して、正面のソファーに座る。隣にテリー様。後ろにコリン。大神官様は自分の席。


「巫女よ、改めて新年おめでとう」

 そう言う硬い表情の王と対象的に、


「巫女様……ご立派になられて……」

 王妃様は今まで見たことのないような柔らかな笑みを浮かべられた。


「両陛下におかれましては、ご健勝のご様子、何よりでございます。そして妃殿下にはたくさんの薫陶を賜りながら、ご挨拶もせず、神殿に入りましたこと申し訳なく思っておりました。その節は本当にありがとうございました」


 王妃様は目を閉じて頷かれた。


「大変失礼ですが、巫女様、傷を見せていただいても?」

 宰相閣下の発言に、神殿サイドが無言の圧力をかける。

 でも時間の無駄だ。私は立ち上がり、宰相閣下の横に行き、頰を見せつける。


「……痛みは?」

「痛みは今はありません。ご安心ください」

「……神とは……恐ろしいものですね。巫女様、ありがとうございます」


 宰相閣下が頭を下げたので、私はニコっと笑って席に戻った。

「我々が嘘をつくとでも?」

 テリー様が宰相閣下をにらみつける。組織のナンバー2、実務責任者同士ということで、お二人は同格なのだろうか?


「いや、未知のことへの探究心と思って見逃していただきたい」

 宰相閣下はそう言うと、私に頭を再び下げる。苦笑いするしかない。


「巫女よ。サジークと締結していた不平等条約を解消することにした。これ以上のサジークの横暴を許すことはできぬ。停戦協定も破棄され、再び戦時に戻る。我が国に駐留していたサジーク軍には昨日お引き取り願った」


「……左様でございますか」


 そもそもの始まりは三十年ほど前、サジークの鉱物資源が一気に減少したこと。先代の王はその事実を隠し、密かに武器と兵を集め、圧倒的な武力で隣国を攻め、よその国のものを奪うことで生き延びた。

 長く平和が続いていた他国は大した武力を蓄えておらず、宣戦布告などというルールのないこの世界、突然に蹂躙された。生産するよりも奪うほうが容易い。現王もその姿勢を受け継ぎ次々とその手を伸ばし、トリアもポラリアも餌食となった。


 ポラリアの民の怒りはきっと溢れてしまって、とうとう国はたちあがるのだ。

 駐留軍はポラリアの主要な鉱山を管理下に置いていた。彼らを追い出したとなると、すぐにリアクションがあるだろう。


「先ほどの、国民の巫女への熱狂的信頼を見て、我々の決断は間違いではなかったと確信した。我が国への過度な圧力、そして崇高なる巫女姫への暴力。我が国は一丸となり、今度こそ勝利をもぎ取る」


「私をダシに使われるのは困ってしまいます」

「この方針は年末に閣議決定したものだ。ただ、巫女の存在が後押ししたことは否めない」


 大神官様が口を開く。

「我々神殿は、サジークが巫女様に『謝罪すること』を要求しているだけ。加担する予定、民を扇動する予定はありません」


「もちろん、神殿にそのようなことをさせる予定はない。ただ、サジークにすれば神殿は民の心の拠り所。攻撃対象になる」


「その場合は、全力で応戦いたします」

 テリー様が静かに言い切る。

「我々としても、巫女に何かあっては困るのです。神殿の周りに軍を配備したいのだが」

 将軍が口を挟む。

「お断り致します。軍人が参れば、神殿対サジークも、ますます緊張状態になる」



「しょうがない、では警備兵を通常の倍配置することにしよう」

 警備兵は、前世でいう警察だ。軍ほど物々しくはない。


「……時に巫女」

 ここで宰相のターンのようだ。

「なんでしょう?」

「巫女は巫女のお育てになったサジークの王子を、今も愛しておられるのか?」


 何を当たり前なことを。

「もちろんです。ここを巣立った『神殿の子』は全て等しく私の生涯の宝物です」

 例え国籍がサジークであっても。


「もし、その王子を盾に、再びの降伏を要求してきたらどうする?」

「……お待ちになって?ちょっとおっしゃることが飲み込めない」


「つまり『ルクス王子を殺されたくなくば、神殿も発言を撤回し、国も降伏しろ』と言われたらどうするか?と聞いています」


「待って?意味がわからない。自国の王子を盾にするなんてナンセンスすぎる!」

「そうでしょうか?」

「我が子を殺すはずないでしょう!」

「本当にそう言い切れますか?」


 絶句した。なんと恐ろしいことを言うの⁉︎


 ……でも私は見てしまっている。サジークの王妃がルクスを扱いかねているのを。それでもルクスへの揺るぎない愛があるよね。あっちに戻って親子の絆が深まったよね?なんと言っても血が繋がっているのよ!


「そもそもルクスは世継ぎなのよ!」

「昨年末、サジークには第二王子が誕生されました」


「え?……」

「巫女、あなたは迫られたとき、『ルクス王子がどうなろうと知ったことではない』と言えますか?」


「な……」


「巫女様、全て杞憂に終わるかもしれない、しかし自覚していてください。お優しい巫女様の弱点は、敵の手の内にあるのです」


 愛するルクスと引き離されて、サジークの王子であるルクスの敵になり、そのルクスを見殺しにするかもしれない、私。


「ようやくあの子は……二つになったばかりなのよ?……」


「大神官、巫女を厳重にお守りしてくださいね。巫女はお優しい。故に弱い。このように。敵を殺すことをためらうようでは……。今後血なまぐさい話題は極力巫女の耳に入れられませんように」


 ここまで黙って話を聞いていた大神官様がはあ、とため息をつき、目を細め王家を睨みつけた。


「愚かな。敵を殺すことが強さとな?心の弱きものにここまで人が付いてくるとお思いか?今代巫女は歴代最強。無礼にもほどがあるわ!」


 大神官様の清らかな覇気が、肌に痛い。

「巫女は平和の象徴。その巫女をここまで煩わせたこと、やがて後悔する日が来よう。それは……ふふふ、我らも同じではある……」



 大神官様の発言を皆が反芻していると、突然、私の肩に鼈甲丸メガネが置かれた。コリンのものだ。何故外したのだろう。正面の皆様が目を丸くしているけれど、私はガッツリ肩を押さえられて振り返れない。


「宰相閣下。巫女は神の依り代であって自由。閉じ込めることなどあり得ないし、真実を隠すことも許されない。ご安心ください。私が全身全霊でお守りしています。それに、ルクスの件で巫女が心を揺らすことが心配なのであれば、そんな戯言をサジークが言い出す前に、あらゆる手を用いてとっととサジークを落とせばよろしい。違いますか?」


 コリン、急に偉そうにどうしたの?私はコリンが無礼打ちされないかと、穏やかでいられない。


「……この者は?」

 宰相閣下が戸惑って聞く。


「強いですよ。若いだけに荒削りですが、こちらの将軍閣下や軍の精鋭と同程度に。こと巫女に関しては……見ての通り、想いが違いますので、それ以上でしょう」

 テリー様が淡々と答える。


「……我々でいう『忠誠宣誓』か……巫女お一人の守りに特化しているのだな。それでは敵わない」

 将軍閣下が苦笑いした。


「コリン?」

 私がようやく振り向くと、コリンは既にメガネをはめて、ニヤリと笑った。




次回は週末予定です。

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