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26 お一人様は愛を知る

 私とミトは、心のうちに悲しみを秘めているけれど、外に出すほどバカではない。

 周りの神官たちも、表立って我々を心配するそぶりを見せるほど、バカではない。

 年末は商人だけでなく、神殿も繁忙期。全員バタバタと忙しく過ごす。


 何故神殿も忙しいかというと、民というものは、貴賎、老い若きに関わらず、憂いを新しい年に持ち越したくはないのだ。

 大祭壇のあちこちで、人々が神官を捕まえ、ツラツラと悩みを打ち明け、神官はウンウンと頷いている光景が目に入る。


 前世、旅行先の教会には電話ボックスのような懺悔室があったな、と思いだす。ああいう小さな小部屋を作れば互いのプライバシーが守られるかも……ってそんなことしてたらキリがないか。ある程度人の目があるからこそ、皆空気を読んで相談を切り上げるのだ。


 朝の祈祷を終え、一年ぶりの新年の衣装のほつれをチクチク修繕していると、コリンが呼びに来た。

「巫女様、私の代わりに信徒さんの相手してきて?私まだ朝ごはん食べれてないんです」

「あら、大変。いいわよ」

 私に仕事を振るのはコリンの優しさ。私が思い耽る暇を与えないのだ。


 私は普通の女性用神官服に変えて、髪はお団子にまとめ、グラサン……色付きメガネをかける。頰の傷は隠せないからケンカっ早いシスターキャラでいこう。



 私がバタバタと大祭壇に着くと、一人のスーツ姿の初老の男性が、一番前の信徒席でうなだれている。他は誰かしら構っているので、私のターゲットは彼のようだ。私は後ろから近づき、もう一度変装を確認して、声をかけた。


「いかがされましたか…………あ」

「マール?」

 父……バニスター伯爵だった。




 ◇◇◇




 約九年ぶりの父は、銀髪が白くなり、顔はシワが増え、少し痩せて疲れてみえた。

「座って……くださらんか?」

 父の微妙な言葉遣いにちょっと驚く。父も探り探りなのだろう。隣に腰掛ける。

 キョロキョロとあたりを見渡す父に、


「大神殿は初めてですか?」

「ああ。薄暗く、カビ臭いとか、お前の母は言っていたが、そんなことないな。寒いが………温かい」


 私たちの周りはぽっかりと空洞になっていて、皆が気を使ってくれたのだとわかった。変装が恥ずかしくなり、メガネを外してポケットに入れる。


「お、お仕事、相変わらずお忙しいのでしょう?」

「今日から年始まで、一年ぶりにようやく休みだ」


 敗戦国ってどんだけブラックなんだ。父はクソ真面目でもないけれど、上手く立ち回れる器用さもない。逃げられずに日々激務をこなしているのだろう。


「ようやく、来れた」

 父はそう言うと、目を細めて私の頰の傷に手をあてた。

「あの国は……何故マールがこのような目に……痛むのか?」

 父に触れられるなんて子供の頃以来で、つい身構えそうになったけれど根性で我慢した。父の手が……震えていたから。私は首を横に振る。


「マール。今さらだが、お前に貰う配当のお陰でバニスター家は貴族の体裁を保てている。これは紛れも無い事実だ。家長として礼を言う。ありがとう」


 父が頭を下げる。お金の話題を真っ先にする父。潔い。次代王妃を抱える家なんて、いくらお金があっても足りないはずだ。戦争による負債がなければなんとかなったかもしれないが。

 私が王太子妃になって、アパート経営していなかったら、バニスターは領民を巻き込み破綻していたかもしれない。ローズの家のように。

 結果論だけれど、姉が妃で私が巫女で、よかったのだ。


「そして、信じてもらえんかもしれんが、私はマールが生まれて嬉しかった。嫡男は将来家を背負うために、厳しく育てなければならない。長女はやがて神殿のものになる。私はお前だけは手元に残るのだからお姫さまのように甘やかして育てようと、張り切ったよ」


 兄に、私と母のいつかの話を聞いているのだ。


「しかし、戦争に負けて、それどころではなくなった。やがてその忙しいことを理由に、お前を甘やかすことを諦め、お前は私たちを諦めた。こんな出来損ないの親に、生活費を作ってくれて、ほんとうにマールに足を向けて寝られない」


「お役に立てて、よかったです」

 ローズのように露頭に迷うことはなかった。親に対して人並みに感謝の気持ちはある。


 父がどこか遠くを見つめた。

「城の私の職場に、一年以上前、デュラン様がお見えになったことがある」

「え?」

 何故、デュラン様の話?父に会いに?デュラン様が?


「あのお方は、時が来れば、マールを娶る。前触れもなく有無を言わさずトリアに連れ去ると言い切って、私はあっけに取られた。そして、マールがいなくなっても大丈夫なように、準備をしておけと釘を刺された」


 デュラン様……父に……まるで結婚の挨拶……


「ルビーが嫁ぐにあたっては、私が金を用意した。マールが嫁ぐにあたっては、自分の今後の金策を心配せねばならない。私は恥じ入ったよ」


「お父様……」


「男親の夢として、娘をくれという青年に、お前なんかに大事な娘はやらん!と啖呵を切ってみたかった。しかし、どちらの相手も高貴過ぎて出来なかったなあ」


 父は無理やり笑ってみせた。


「おまけに、マールは私の元で、不幸せだった。デュラン様の一途な瞳を見て、あのお方のほうが何倍もマールを幸せにできるように思えた」


 突然父は顔をゆがめた。

「なのに何故!神はこの子にばかり、苦労をっ、かけるのか……」

 父の緑の瞳が潤み、涙が溢れた。


 ああ……父は、デュラン様の訃報を聞いて……私を慰めるために、雪の積もる森奥に駆けつけてくれたのだ。


「お前こそがっ、一番幸せになって、然るべきなのに!」


 初めての父の涙を見て、平気でいられるわけがない。私も涙が一気に流れる。

「くっ、すまん!マール!」


 父が少し乱暴に私を抱き寄せた。私は思ったよりも小さな父の胸に包まれた。





 ドクドクと激しく鳴っていた父の鼓動も正常になり、私の涙も止まると、


「マール。年明けとともに爵位はモリアに移る。王の許可を得て手続きは済んだ」

「はい」

 私は小さく頷く。


「私は城務めを辞しお前の母親を連れて領地に戻る。しかし爵位はなくとも我々は王太子妃の親。相応の態度を示していく必要がある」

 姉に寄り添う、姉と行動を共にするということだ。


「やがて戦争になるだろう。王家と神殿の向かう先が違う場合は、兄を頼りなさい。バニスター当主は如何なる時も聖女を奉り、巫女と運命をともにすると決まっている」

「お父様」

「いざという時は、私を切り捨てるのだ。お前をこのように表情豊かに、人間らしく生活させてくれた神殿に殉じなさい」

「そんな……」


 父は袂を分かつ想定で、私に別れを告げにきた?

「まあ、そうなるとは、限らんがな」


 父はスーツの内側の胸ポケットから茶色い封筒を取り出し、私に手渡す。何やらわからず首を傾げると、

「デュラン様からの、結納金だ」


 私は目を見開く!

 父に促され、中を見る。

「嘘でしょ……」

 中には、サジークの超高額紙幣、100万ゴールドの紙幣が50枚。5000万ゴールド。


「たったこれだけではアパート一棟も建たんし、マールがこれから生み出すお金に比べればはした金だと、謙遜しておられた」


 デュラン様の、サジークでの勤労の結晶。前世でも今世でも社会人である私は、これだけのお金を稼ぐことがどれだけ大変か、身に染みてわかる。


 彼は私を娶ること……本当に本当に、本気だったのだ。


「私の知らないところで……二人して勝手なことばっかり……」

 再び涙が浮かぶ。父がその涙を人差し指の関節で拭ってくれる。


「好きに使えばいいが、さっさと何か、モノに変えることを勧めるよ。戦争になれば、紙幣はすぐに紙くずになる可能性がある」


 もし戦争になれば領民を抱えこれからお金が必要なのは父だ。私は父に返そうとするが、父は首を横に振り受け取らない。


 父が私の頰を包む。

「マール、生きてくれ。デュラン様の分も。お前はデュラン様に愛された女として、自由に、自信を持って、お前の作った斬新なアパートで生きのびるのだ」


 父が、戦後の私のお一人様を後押しする。ちょっと笑える。でも泣ける。


「愛しているよ。そしてさらばだ。私の自慢の……お姫さま」




 ◇◇◇




 その日、私は父の愛を確認し、死んだ男に改めて、恋をした。


 愛する男の残した愛するお金は父のアドバイスに従い、すぐにパニーノのアパート建設資金に注ぎ込み、兄とナターシャの手を借りて本格的に着工した。




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