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12 お一人様は新年を寿ぐ

 日々寒さが厳しくなり、私のアパートも内装段階に入った。建築中はナターシャが何度も様子を見に行ってくれて、手を抜いてる職人をきっちり説教してくれたとのこと。春には完成できそうだ。

 ああ、私の目で見たいなあ。写真がないのが恨めしい。


 そして、新年を迎えた。

 この世界は新年と同時に皆、年をとる。


 ルクスは一歳になり、よちよち歩けるようになった。

 サジーク……母国よりたくさんのオモチャや洋服が送られてきて、一つ一つ握りしめてはポイポイ投げている。


「巫女様、こちらはおそらくデュラン様から巫女様へのプレゼントでは?」

 ミトが大きなダイヤモンドと、白い絹のストールを差し出す。


「ふーん。デュラン様はこういうセンスなんだね。でも巫女は外部から個人的な頂き物をしてはいけない決まりなの」

 稼ぐことは禁止されてないけどね。ってこれまで稼ごうと思った人がいなかっただけかも。


「だから丁重に送り返してちょうだい。お手紙はいただくわ」

 ミトは困りきった顔をして、

「送り返すのはちょっと……そうだ、ルクス様のものだとみんな勘違いしたことにして、ルクス様のオモチャ箱に……」


 ミトの独り言はほっといて手紙に目を通す。デュラン様のお手紙は短い。要約すると、忙しい、会いにいけない、ルクス様をよろしく、達者で暮らせ。

 これはメモです。



 年の終わり(前世風に言うならば大晦日)から新年にかけて、身を清めたのち一昼夜、私と大神官様はじめ高位の神官は、一心不乱に祈りを捧げる。この一年の平穏への感謝と来たる年の安寧を祈って。国中の全ての神殿で行われる。

 この一年、平穏だったっけ?と思わないでもないけれど、それは私の身の回りに限ったこと。大きな天災もなく、戦争も起こらなかった。平穏のうちだろう。

 食わず寝らずで祈るのだ。このような雑念もちょいちょい入る。まあここ数年こんな調子で祈っているけれど、目の前の御神に怒られたことはないので、きっと大丈夫。


 国の隅々まで朝日が登ったことを確認し、私は聖なる泉から水を汲み、祭壇に捧げ、もう一度祈る。


「皆様、お直りくださいませ」


 神官長テリー様の声で、一番祭壇側の私、そして大神官カルーア様……と順に頭を上げていく。


「つつがなく新年を迎えること、相成りました。巫女様、一言お願いいたします」


 私は足が痺れていないか確かめつつ立ち上がり、神官たちに向き直る。

「皆様、新年おめでとうございます。この一年も神官様方がまず健康でありますように。民の祈り、悩みを聞くことは体調が万全でなければ無理ですもの。巫女として、まだまだ未熟で不束者でありますが、本年もよろしくお願いいたします」


「「「「「よろしくお願いいたします!」」」」」


 全員が空きっ腹に、泉の水をコップ一杯飲んで年越しの儀式は終了。


 私は24歳になった。残りの任期、二年だ。




 そして、新年二日目は国のトップの表敬を受け、バルコニーに立ち、国民の皆様に顔を見せる。

 年に一度の最も憂鬱なイベントだ。

 前世はただの平社員の喪女。今世も伯爵家の末っ子。大勢の前で堂々と何てできっこない。ここで倒れたら大神官様の恥になり、私にお妃教育を施した王妃様に殺される!と思って、歯を食いしばって耐えている。


 神域の泉で身を清め、日課の朝の祈祷が終わると、神殿の女性たちに拉致され、幾重にも重なった儀礼服を着せられる。自分では羽織る順番すらわからない。全て白い布だけれど、素材や織が違うのだ。

 全ての衣装に私の巫女印の梅の花が白糸で刺繍してある。数ある図案から梅を選んだのは、花の少ない厳しい冬に凛と咲く様が清々しく、前世から好きだったから。

 姉の印はカスミソウだった。


 年に一度のガッツリメイクを施される。とはいえどうせベールを被るのだから見えっこないのに。

「巫女様綺麗!」

 年上の子供たちは目を輝かせて褒めてくれる。

「あれ?お化粧に興味があるなら、そっちの勤め口の推薦もできるわよ」

 オネエでよければな!


「ええええ!巫女様、別人、キモい!!!」

「うわあああん!」

 初めて戦闘モードの私を見るケン、マイはぽかんと口を開けて、ルクスは泣いた。悲しい。しょんぼりする。


 ますます凹んだ気分で大神官様やテリー様と合流し、大祭壇に向かう。そこで王をはじめ高位貴族と謁見するのだ。

「毎年思うのですが、これ止めません?姉はまだ少女のころに入信したから、成長した姿に神秘性があっただろうけど……」


 私は入信時すでに16歳で、今とほぼ変わらない姿をとっくに世に晒している。王とも国の要人たちとも王太子殿下の婚約者として数回言葉をかわしたことがある。何であんな小娘に頭下げにゃならんのだ?ときっと思ってる。


「巫女よ。毎年言ってますが止めることはありません。過去はどうあれマールは巫女。皆会いたいのですよ」

「それはどうかなー?皆本当はシラけてるんじゃないかなー!」


「国とは伝統を大事にすることで、形をなすものなのですよ。ほら、時間です」

 カルーア大神官様は有無を言わさぬ笑顔で私と仲良く?腕を組み、私を祭壇裏に引きずっていった。


「……私欲のない心、無垢な祈り姿。控えめな性格。あなたこそが巫女に間違いがないというのに」

 トップツーの後ろでテリーは首を振った。




 ◇◇◇




 大祭壇の準備が整った合図を受け、上座横の扉が開く。その扉を使うのは神、そして神の依り代とされる巫女だけ。


 私はそっと音を立てずに中に入り、ゆっくりと歩く。ゆっくりならざるを得ない。服が重いのだ。ちなみに靴は、本来はハイヒールなのだが、この重量に耐えてハイヒールなんか無理!と駄々を捏ね、布でできた草履っぽいのを作ってもらった。足元なんて、裾を引く衣裳だからどうせ見えない。その結果音もしない。


 顔をすっぽり覆うベールは特殊な編み方で、こちらからは割とくっきり見えるけれど、相手からは表情すら判別できない優れものだ。


 私は一国の大神殿の割には小さいといつも思っている、両手を下段に広げた神の像のすぐ左の椅子まで歩き、腰を降ろす。


「巫女様が着席されました。皆様、お顔をお上げください」

 お、今日の司会はコリンなのか?最近付き人業務をミトが手伝ってくれるので、コリンも自分の神官としての勉強が出来るようになったのか。よかったよかった。

 ミトはきっと今も私をどこかで守っているのだろう。


 ザッと音がして、全員が顔を上げる。私の前方にはカルーア様。そして、私からみて右手に国の代表が座っている。


 まず王、ラファエル様と同じ青い瞳。豊穣祭はいつも代理を立てられるので、お会いするのは一年ぶりだけれど、あまり変わっていらっしゃらない。

 そして王の後ろに二人。宰相閣下と将軍閣下。お妃教育でたまに授業を受けた宰相閣下は少しお疲れのようだ。目の下が黒い。相変わらずクマのような将軍閣下の後ろには軍服の男が一人。将軍閣下の副官?かしら?お三方の護衛?神殿には刃物の持ち込みできないし、不要だと思うけれど……。


「新年のご挨拶に参りました。巫女様におかれましてはご健勝のご様子何より……」


 王からの定型の挨拶を、時折頷きながら聞く。サジークとの敗戦で、評判はガタ落ちだけれども、私には常識レベルの王と……王妃様だと思う。今後は戦争は回避できるように頑張ってくれないと。


 前の日の完徹がたたり、眠くて仕方がない。ボンヤリしていると、必要なご挨拶は全て終わっていた。


「それでは皆様方、大勢の国民が待っております。バルコニーへ」


 私は立ち上がり、一段高い上座を降りて、祭壇のど真ん中を歩きバルコニーへと向かう。その後ろを王と大神官、そのあとずらずらと続く。


 将軍の副官?の横を通りすぎたとき、はっきりと声が聞こえた。

「国民みんな、王太子殿下と妃殿下筆頭に国を立て直すために必死に働いているというのに、巫女とか言って神殿でただ祈ってるだけの生活。あ、金のなる巫女とか言って金集めは上手いんだっけ?いい気なものだな」

「チャールズ!」

 将軍の唸るような低音が響いた。


 そっと目だけで見上げる……ああ、この副官、チャールズか。初等教育で同じクラスだったな。あの頃から木刀振り回して、強い騎士になると言っていたっけ。


「無礼な!」

 テリー様が一気に覇気を上げる。

 私は問題ないと首を横に振る。チャールズ、その通りです。私は神殿で守られて、ただ祈るだけの生活をしているよ。社畜生活だった前世に比べれば、婚約者と姉のカップルへの黒い思いを抱えて生きていた俗世に比べれば、どれほど楽なことか。


「……寛大な御心、ありがとうございます」

 冴え冴えとした声で王に謝られた。王も実際は私など相手にしていないのだろうに。ただの国としての様式美だ。



 バルコニーに一歩踏み出ると、

「「「「「うおおおおおおお!!!!!」」」」」

 歓声が轟く。


 私は内心ビビりまくりながら、大神官様と、王の間に立つ。

 お二人はニコニコと、観衆に手を振って応え、私は顔を引きつらせ(どうせベールで見えない)、直立。

 集まってくれた皆様には申し訳ないが、毎度のことながら緊張しすぎて、顔も何もわかりません!


 あちらこちらに角度をかえて姿を晒したあと、大神官様に軽く頷き、室内に戻ろうとしたら、バッと音がして、私のベールが真下にはぎ落とされた。


「あっ!」


 ざわめきが、途切れる。


「巫女様〜!さっきはごめんね。本当はカワイイって思ったけど、言えなかったんだ」

 甲高い、かわいい声が青空に響きわたる。


 私の腰元で、レースのベールを握りしめているのはケンだった。


 どうすればいい?王も臨席する国と神殿の最重要な儀式の一つに乱入してしまったケン。ケンは悪くない。ちっ、警備はどうした!

 ケンが無礼討ちされてもおかしくない場面……。


 ……初めての、国一番の権力を使うしかないよね。


 静かに腰を下ろし、

「ケン、困った子ね、お客様がたくさん見えられているというのに」


 私はそっとケンを抱き上げた。守るために。私の腕の中にいればひとまず安全だ。いつものようにケンが私の首にしがみつく。

「あああ、どうしよう!巫女様、ごめんなさい!」

「では、 いつものように私と一緒に皆様に謝りましょう。せーの。「ごめんなさい」」

 二人でそっと、王を見つめる。


「……よい、子は国の宝だ。神殿は、多くの子を養っているのだったな」

 王が返答を返した。よかった。


 私はケンを抱いたまま、バルコニーを後にした。


 そして、早足で神殿居住区に飛び込み、

「巫女様!」

 と言って駆け寄ったミトにケンを渡して……へたり込んだ。








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