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1 お一人様は転生する

よろしくお願いします。

「殿下!なりません!」

「ああ、ルビー、何故君を神に捧げねばならん!こんなに狂おしいほどに愛しているのに!」

「殿下……わ、私だって……ですが、私達が結ばれることなど、ありえないのです……」

「ルビー……愛する人……」

「言ってはダメ!殿下、お願い、妹を大事にして……私は……神に嫁ぐ身、あ……」

 男はグイっと女の腰を引き寄せ、熱烈なキスをした。






 神殿の片隅にある四阿の様子を、木陰から見ていた私は、懸命に心を鎮める。こういう時は……そうだ、素数を数えるの!これなら涙で目が曇っていてもできる……。

 私はマール・バニスター伯爵令嬢。目の前でラブラブチュッチュを見せつけてくれてるのは私の姉であり今代巫女のルビー・バニスター伯爵令嬢と我が国の王太子で私の婚約者、ラファエル殿下。


「……わかってた、ことでしょう?」


 こうなることは予想していた……だって私は転生者だから。

 それでも、ここまで胸がズクンズクンと痛むのは、完全に想定外で……




 ◇◇◇




 バニスター家は遠いご先祖に聖女様がいる、ということになっていて、女子が産まれたら神殿に上がり、神の依り代である巫女になるのが習わしだ。巫女のいる時代は繁栄するという根拠のない言い伝えがあるために。

 両親は兄に続いて娘を二人授かり、姉が巫女となり、初等教育の終わった12歳で神殿に上がった。

 そして姉の二歳年下の私は我が国ポラリアの王太子殿下の婚約者になった。伯爵家の娘というのは格的にギリギリである。しかし、先の戦争に負け、国力求心力が低下した今、聖女ブランドが欲しかったのだろう。


 初めて王太子殿下とお会いし、絹糸のような細い金髪、白磁のような肌、湖のような瞳を見た瞬間、私は恋に落ちて……同時に前世?を思い出した。

 ラファエル……ラファエル殿下……この人『ただあなたのために、祈る』のラファエル王太子殿下だわ……。


 何と今生きているこの世界はかつての私(日本の社会人5年目、独身、喪女)が読んでいた小説にそっくりだったのだ。


 大混乱の中の顔合わせは、大人たちの会話が主で、動揺を怪しまれずに終わった。


 帰宅後、記憶を整理する。

 小説は悲恋ものだ。

 伯爵令嬢ルビーは家の慣習により神殿で巫女として世間と隔離されて生きている。そこに王太子が参拝に来て、二人は恋に落ちる。しかしルビーは巫女、神に身を捧げている。そして愛する王太子はなんと可愛い妹の婚約者だったのだ。何度もすれ違い、諦める二人。でもそのたびにやはりお互いしかいないと燃え上がり……。

 ルビーが18歳の秋、二人の逢瀬を妹が見て、発狂。妹はナイフを取り出して姉を刺そうとし、王太子が庇って刺される。妹は愛する人を殺してしまったと半狂乱の中自害。そして全てを見守っていた神がルビーの祈りに答え、まだ息のあった王太子を助け、「二人で罪を背負って生きよ」と許しを与え、二人は身分を捨て、かつてルビーに横恋慕した隣国の友人の助けを借りてかの国に渡りひっそりと生きる……


 何て可哀想なの……私。

 二人の恋を煽って煽って最高潮に煽るダシになって、死ぬんだよ?神様どうして私は助けてくれないの?


 そうなる可能性がわかっていながら……私はやはり殿下に一目惚れしてしまった。いわゆる強制補正ってやつ?くだらない。そして悲しい。


 姉と同じく二歳年上の王太子殿下はとても穏やかで優しかった。公の場でのエスコートは完璧で、誕生日や視察のたびにプレゼントをくださり、私が興味を持ちそうな話を楽しく聞かせてくれた。単純な私は殿下をドンドン好きになる。まずい!まずい!まずいのに!


 姉は手紙のたびに『笑っているマールを思い出して、毎日お祈り励んでいるわ。マール大好き!会いたいわ』と書いてくれて、何も知らない幼いころ手を繋ぎ遊んだ日々を思い出す。自慢の姉。仲良し姉妹の私たち。


 小説とは違うかもしれない……という希望を持ってしまった。




 ある日、殿下が

『神殿に連れて行って欲しい』

 と言った。ひゅっと喉が鳴った。世間から切り離されている姉だけれど、家族とだけは、事前に連絡を入れていれば会えるのだ。

 久々に会った姉は神がかった美しさだった。銀の髪に銀の瞳は聖女の血をひく証とされる。シンプルな白いドレスを着てスラッとした姉は殿下を見るとポッと頰を染め、殿下は優しく笑いかけ……ああ、もう出会いのシーンはとっくに済ませてるんだ、とわかった。


 それからはちょくちょく二人が顔を合わせるダシに使われた。王家としては神殿と仲良くなることは歓迎だし、うちの家族も姉にまで気を使ってくれる王太子殿下は何と素晴らしいことか!と評価爆上がりだ。


 昔も今も一貫して優しい良い()だ。

 しかし妹の婚約者とちょくちょく逢瀬を重ねる女。自分の悲恋に酔う女。周りの状況を読めない女。自分から動こうとしない、責任を取る覚悟のない女。

 前世の私の人格が最も苦手な()。おまけに最高に美人。同じ親ながら何故か平凡な顔立ちの私。この私の腹の中の醜い想い、僻みとでもなんとでも言えばいい。

 姉への普通にあった家族愛は急速に冷めていく。


 マールとしての私は狂わんばかりに泣き叫んだ。目の前で自分の婚約者が姉に惹かれていく様子をつぶさに見らねばならないのだ。そんなマールを前世大人だった私が力づくで押さえつけた。足掻いても無駄なことは思い知っていた。二人は結ばれるのは決定事項だ。

 ならば、自分が心も体も死なないように、あらゆる対策を取らなければ。


「ごめんねマール。あなたの初恋を大人の思惑で潰すわよ」

『……いいの。あなたは私。私だって生きたいもの』


 私たちは数年がかりでゆっくりと融合した。

 私は前世の記憶を絞り出し、生き延びる道を考えた。




 ◇◇◇




 小説では、一人で愛しあう二人と対峙し、修羅場になった。だから今回は予防線を張った。私がもしおかしくなっても止めてもらえるように。


「……これを見せたくて、今日私に王太子の供になるよう手紙をくれたのか」

「……お兄様、申し訳ありません」

 声が震えてしまうのは許してほしい。涙は意地でも流さないから。

「マールが謝る必要など、どう考えてもないだろう。はっ!熱心に神殿に参拝されると思っていたらまさかルビーと!」


 四つ上の兄、モリアは近衛騎士だ。貴族の嫡男が爵位を継ぐ前に就くよくあるポジション。殿下から神殿に行こうとお誘いを受けてすぐ、騎士団の寮に住む兄に、上手いことその日殿下の護衛について欲しいと手紙を出した。互いに忙しくなかなか会うことはないけれど、私と兄との関係は、ほどほどに良好だと思う。


「マール、どうする?」

 兄が上から探るように見ている……と思う。涙で膜が張りよく見えないけれど。深呼吸する。

「次期当主であるお兄様に従います。見なかったことにしろと言われればそのように。ただ、王太子妃、王妃としての務めは精一杯果たしますが、仲睦まじく見えないとしても致し方ないと、お兄様だけにはわかっていて欲しいのです」


「……ちっ、見なかったことにはもうできん。ルビーの瞳を見てみろ」

「お姉様の瞳……あ……」

 瞬きをばちばちっとして水分を飛ばして彼方を凝視すれば、姉の瞳が銀ではなく黒に?……母そっくりの黒真珠のような色の瞳はそれはそれで美しいのだけど。


「ルビーはもはや純潔ではない。馬鹿野郎が!既に子供がいるかもしれん!」

「こ、子供?え?お、お兄様?」

「マール、頭が痛いとか適当なことを言って今すぐ家に帰れ。私も今日は帰宅する。早急に対策を取らねば。ここまで顕著に表れてはもうおそらく神官どもは気がついている。相手が王太子だから広がってないだけだ!」


 あまりの不意打ちに、私すら私の悲恋を棚上げにした。





 ◇◇◇





 帰宅し、夕方父の書斎に姉を除く家族が集った。思い出せないくらい久しぶりの顔合わせ。父は国の敗戦処理に追われていて、職場である城の一角に詰めっぱなし。母は社交に忙しく、昼夜逆転の生活で、私と時間が合わない。


 バニスターの女は聖女の遺伝の銀の瞳だからこそ巫女となり、純潔を失うと、瞳の色がじわじわと変わる。それは当主にだけ伝えられる秘密……であり事実だった。

 母はあっという間に倒れて、侍女たちに支えられ自室に消えた。母は良くも悪くも普通の貴族の女で……母には刺激が強すぎた。


「王太子殿下……お前と仲良くやっていると思っていたら、まさかルビーと懇ろになってらっしゃるとは」

 疲れた緑の目に銀髪の父が乾いた声で笑う。


「相手が王太子殿下とはいえ、銀眼でないものを巫女として仕えさせるのはバニスターの恥。おそらく神殿の奥深くでは事態を知る者の嘲笑と、神への冒涜と怒りが沸き起こっていることでしょう」

 ギリギリと歯をきしませる兄も緑の瞳に銀髪、銀髪は我が家だけの優性遺伝。


 私も……銀の髪で銀の瞳だ。それゆえに姉の劣化版のような扱いを受けてきた。

「結局のところ、私とお姉様が交代するほかないのではないでしょうか?」


 父が私をジッと見つめる。どんなに怒ったところで王家に刃向えるわけがなく、父も兄もそこしか落とし所がないことはわかっているはずだ。醜聞は小さいほうがいい。


「……それでいいのか?殿下のこと、本気で好きだっただろ?だからこそ、1日十時間にも及ぶ妃教育に 何年も耐えてきたんだろ?」

 兄が静かに尋ねる。

 他に道がないのに尋ねるのは卑怯ではないの?奥歯を噛み締め怒りを殺す。深呼吸する。

「……大好きでしたわ。でも、他の女を好きな男と一緒にいたいと思うほど被虐主義ではありません」

「そうか……」


 父が苦しげな声で、

「マール」

「はい」

「巫女はな、十年在位すればいつ還俗してもいいのだ。十年過ぎれば好きなように生きていい。巫女であったことはお前の箔になる。その後いい縁が見つかるだろう。ルビーも早く神殿に上がれば若いうちに還俗できて、女性らしい幸せを手に入れられるだろうと考えたのだが……幼すぎて理解していなかったか……」


 なんと、巫女って任期制だったのか?お姉様残り四年切ってたの?それなのに我慢できなかった?アホなの?


 私は今16歳。勤め上げた時は……26か。

 でも10代後半から20代前半が結婚適齢期のこの世界、25過ぎていい縁なんかあるわけがない。まして私は王太子の婚約者だったことが知れ渡っている。王太子の愛を得られなかった女など誰が必要と思うだろう。


「巫女を無事勤め終えたら、自由に一人で気ままに生きます」

 前世と全く変わらない未来が決定した。


 兄が私の肩に手を置いた。

「お前の面倒は私がキチンと見る。不自由な思いなどさせん」


 兄の瞳を見て、この言葉は本気で言ってくれていると感じた。兄に八つ当たりしてはダメだ。

 ありがとうお兄様。それならば力をお借りしよう。

「お兄様、私、実は小さな家を、商人街に持っておりますの。私が神殿にて祈りを捧げている間、そこの管理をお願いできますか?」

「家?」






 翌日、父は城に赴き、王に赤裸々に打ち明けた。王太子が私を裏切り、神聖な存在である巫女に手をつけたこと。醜聞を避けるため、巫女を私に速やかに変更する必要があること。

 王太子は婚約者の私を裏切ることなどしていないと言い張ったが、瞳の件を話せば押し黙った。王妃様が扇子を王太子に投げつけ罵倒したらしい。

 王は、父に頭を下げ、賠償金の支払いを約束し、私に瑕疵のない婚約解消を発表。そして巫女の代替わりを神殿に連絡した。


 私は神殿から迎えが来ると同時に一人、家を出た。

 誰も彼も慌ただしくて、付き添いをつけることさえも忘れられた。

 疲れて涙の枯れた私を、誰一人見送りに出なかった。





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