なるわよ!悪役令嬢
「岸谷!」
「なんでしょう麗華お嬢様」
「悪役令嬢になるわよ」
執事の岸谷は運んできていた朝食を、麗華の前にコトンと置いた。
特に動揺はしていないようだが、顔に疑問符が浮かんでいる。
「申し訳ありませんお嬢様。私に悪役令嬢とはどのようなものか、お教えいただけませんか?」
「そこまで言うなら教えてあげるわ。悪役令嬢っていうのは、皆に嫌われないといけないの。そこから立場を逆転させることで栄華の頂点に立つのよ!」
「逆転劇の物語性が大事なのですね」
なるほどなるほど、と呟きながら岸谷は一度キッチンに戻っていった。
食後の紅茶を熱いまま出すと、麗華は非常に不機嫌になるので早めに用意しているのだ。
数分後、麗華のもとに戻るとなにやら目玉焼きをじっと見つめている。
「どうかされましたかお嬢様」
「岸谷、ソース派?醤油派?」
「ケチャップ派です」
岸谷が言い切る前に、麗華は目玉焼きに醤油をかけた。
「食べなさい」
「いえ、しかし」
「食べなさい!」
何を考えているのか心底分からない、といった表情で岸谷は控えのナイフとフォークで目玉焼きを口に運ぶ。
岸谷の表情に変化は見られず、反対に麗華はワクワクが止まらないようだ。
「どう岸谷。私の事が嫌いになったでしょう! この邪悪な悪役令嬢に、反抗心が沸いたでしょう!」
「えぇ、食べ物で遊ぶのは感心しません」
「そ、そういう感じなのね。でもいいわ! 私が残りの目玉焼きを食べてあげましょう!」
言うが早いか岸谷から皿を引っ張り、麗華は残った目玉焼きを口に運んでいった。食べきった麗華はにやりと笑い、どちらが優位に立っているか強調するように、胸を張った。
「ほら岸谷、何か言う事あるんじゃない?」
「お嬢様の悪役令嬢としての素質に感服しておりました。お心遣い、感謝いたします」
「礼には及ばないわ! ほら岸谷、そろそろ出発の時間ではないかしら?」
麗華は紅茶をぐっと飲み干して顔をサッと拭き、つかつかと玄関へ向かう。
岸谷は素早く前方のドアをあけ、麗華の荷物を持って待機する。
「麗華お嬢様、今日は四年二組の給食当番です。お忘れなきよう」
「分かっているわ。 悪役令嬢は職責を忘れたりはしないものよ」
麗華は岸谷からランドセルを受け取り、颯爽と走り出した。