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【書籍化】辰巳センセイの文学教室【ネトコン受賞】  作者: 瀬川雅峰
四章 山月記の時間_2019年7月編
83/118

16 不協和音

 9月9日(月) 文化祭5日前 放課後


「じゃあ、一回通してやってみようか」


 1年生の6人チームが、まずは各々手にペンをもつ。

 衣装は和装。平安時代の(かり)(ぎぬ)――狩りに出かけるときに貴族が着た軽装――をモチーフに、坂本先生にアレンジしてデザインしてもらった。

 優雅かつ、若干のかわいらしさが、1年生にしっくりきている。まだあまり身長の伸びていない男子2人も、最初は気恥ずかしかったようだが、何度か袖を通すうちに、すっかりコスプレの楽しさに目覚めてしまった。

 キャンバスにする後ろの屏風は当日は真っ白な紙を貼るが、練習でいちいち紙を消費するわけにもいかない。第二特別教室の壁面にある大型ホワイトボードを、屏風に見立てている。


 音楽をかける。

 軽妙なお囃子をBGMにして部員6人が一斉に描き始める。


 1年生チームのモチーフは「鳥獣戯画」。

 若干デフォルメされたカエル、ウサギの戯れる様を描き上げていく。

 1年生には、まだ大型のモチーフを描き切るのは荷が重い。なので、それぞれの部員が全体の6分の1ずつを受け持ち、最終的に横長の作品を仕上げる方向にした。

 短時間で見栄えのする着色をさせるのも難しいので、白地に墨絵の鳥獣戯画が丁度いいのでは、となった。


 約3分間のBGMで、ホワイトボード上に若干ゆがみのある鳥獣戯画が描き上がった。初めて挑戦したときは、5分かかっても描ききれなかったことを考えると、ずいぶんスムーズに描けるようになったものだ。


 1年生の次は、2年生……ではなくて、3年生の円城部長によるソロパフォーマンス。題材は、屏風の横幅を最大限に生かした巨大な竜である。紺色の袴に、桃色の羽織を合わせ、円城が咲き誇るように舞う。BGMは、ダイナミックにアレンジを加えた「桜」。

 こういった本番ものに円城はとにかく強い。陰で努力する性格なので、しっかり練習を積んできているし、いざ人前に立ったときの空気の掌握力が頭抜けている。危なげなく、曲に合わせて描ききった。


 そして、トリを務めるのが、3年生の結城と、2年生の橘麻衣によるペアパフォーマンスである。

 優雅なクラシックピアノに乗せて描くモチーフは、湖畔の宮殿と森林をバックにした西洋風の騎士と姫。扮装も結城は青のドレス、麻衣は白を基調にした騎士服――この2着は坂本先生に気合いで型紙を仕上げて頂いたもので、生地も他より少々贅沢にしている。

 この2人のパフォーマンスの最大の特徴は、数分間という短時間の創作でありながら、彩色までしてしまうところにある。


 速く、正確に、ダイナミックな線を引ける結城と、それをさらに上回る手の速さを誇る麻衣だからできるパフォーマンスだ。主線を引く結城と、その後を追うように、彩りを加える麻衣。最初はなかなか息が合わずに苦労したが、前回見た段階で、あと少し練習すれば本番でパフォーマンスしてもなんとかなるだろう、という完成度になっていた。


 色を付ける関係上、練習にも紙を貼った衝立を用意。

 結城と麻衣が2人並んでお辞儀をする。


 BGMには、高度な技巧の要求されるピアノ曲、ラ・カンパネラを大音量で。結城の後ろを麻衣が守るように控え、屏風に向かって構える。


 曲の滑り出しに合わせ、結城の一筆目からパフォーマンスが始まった。


 だが、今日の動きには違和感がある。


 精彩がない。

 前回の練習で見た動きと比較しても、あきらかに2人の息があっていない。


 何が原因なのか、2人の視線、動きを見る。

 原因は、すぐにわかった。


 麻衣が、結城から距離をとろうとしている。いちいち遠慮をしながら動くので、結城の動きを追えていない。


 前回は、こんな風ではなかった。結城の主線にかぶせるように、色筆をもって橘が手を出していた。おてんばな姫を、後ろから抱き留める騎士のように、きびきびと、自信をもって。

 その麻衣が、遠慮をして、動きが遅れている。


 結城の動きに対しての追随が遅く、結城の身体の動きをとにかく邪魔しないように、躱すように動いている。前にできていたコンビネーションができなくなっている。

 テンポがかみ合ってないことに、結城も気付いているようだ。心配そうに、麻衣の表情を窺いながら、アイコンタクトで動きを合わせるように促している。


 麻衣は、そんな結城に対して、目を合わせてない。衝立の白い余白を食い入るように厳しい目で見つめ、結城の筆を追うようにしゃかりきに色を塗ってはいるが……


 ……わざと結城から目をそらしている?


 5分強の曲が終わっても、絵は仕上がらなかった。

 部員達も、前回の動きを見ているだけに心配そうな表情をしている。「麻衣先輩、どうしたのかな」……一年生たちのひそひそ声が聞こえてきた。



「……すいません、今日ちょっと調子悪くて……迷惑かけて、ほんとにすみません。家で体調、治してきます……」

 曲が終わったあと、麻衣はそれだけ言い残して早々に下校してしまった。


 ◇


「麻衣は、ずっと前から、私を守ってくれてたんです」


 麻衣が帰った後、部活を解散し、生徒たちが三々五々、帰って行った。

 荷物の片付けが終わった後も、結城が部室に残って、話したそうな顔をしていた。


 片付けをわざとゆっくりしていたらしい円城が、横から様子を伺っている。結城も、円城の存在はわかっている。それでも人払いしないのは、結城、円城、そして麻衣の結びつきが昨日今日のものではないからだ。


 一年前、結城が創作部に入部したとき、麻衣は、結城と円城が「小学生からの腐れ縁」と言った。そのとき、不思議に感じた。


 なぜ、そのことを麻衣が知っていたのか。


 気になったので、彼女の入学時の書類で確認したら、すぐ答えはわかった。結城と円城の一学年下になるが、麻衣、さらに妹の芽衣も同じ小中学校に通っていた。小学校の頃から、面識があったのだ。

 そして、麻衣は円城や結城がいることを知っていて、この高校を選んだ……入学後は結城のいる美術部と、円城のいる創作部に入部した。絵を描くこと自体が好きだったのは本当だろうが、これも、ただの偶然ではなかったのだろう。


「私は昔からちっちゃくて。麻衣は、男の子みたいで運動も得意で、足も速くて……年下なのに、なんかあったら、俺にまかせろ、みたいなことをいつも言ってました」

 結城は、すこしだけ顔をほころばせながら、優しく、遠い目をして話す。思い出の中にある麻衣の心をもう一度、見極めようとしているのか。


 円城が横から口を挟んだ。

「私は習い事なんかも多くて、よく先に帰ってたけど……私が帰ったあとも、琴美と麻衣は一緒にいたよね」

「うん……麻衣も、うちもお母さんしかいなくて、忙しかったから。放課後クラブの教室で一緒によくお絵かきして……学校から帰った後も家で遊んで。麻衣には妹の芽衣ちゃんもいたから、大抵は麻衣の家で」

「ああ……私もたまにお邪魔してたから、覚えてる。あの頃から、麻衣ってなんか落ち着きなくて、すごい勢いで描いてたよね。芽衣ちゃんは逆にいかにも可愛い妹ちゃんで、琴美によく懐いてた」

 円城がくすくすと笑いながら続ける。


 小学生時代から、夕方を一緒に過ごしていた結城と麻衣、そして芽衣。

 小柄で優しいお姉さんと、アクティブでボーイッシュな妹と、可愛らしいあまえんぼの妹。


「それで……麻衣が小学4年生で……私が5年生のときだったと思うんですが、上級生……6年生の男子にからまれたことがあって。そのとき、初めて麻衣が私を守ろうとして、上級生に向かっていって……」


 絡まれた理由は、やはり絵に関係していた。地区の美術展で結城の作品が特賞を獲得したのが直接の原因だったが、そもそも美術展の度に良い賞をかっさらってしまう結城が嫉妬されていたのだという。絡んできた6年生も、お気に入りの女の子の作品が落選したことに腹を立てて「大人しくしてろ」と釘を刺しにきたのだった。


「実力で負けたんだから、引っ込んでろよ」


 凄んできた6年生相手に、4年生の麻衣が切った啖呵である。当然、6年生は怒って、麻衣と喧嘩になった。

 体格で負ける麻衣はそれでも一歩も引かず、何発も殴られながら、相手が退散するまで闘った。


「琴美ちゃんのことは俺が守るから」


「私は、なんでそんなに荒っぽいの?……って呆れるような気持ちになりながら……なんだか、王子様みたいって思って。背中を向けたまま、横顔でそう笑った麻衣は、きっと……あの頃から始まってたんです」

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