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【書籍化】辰巳センセイの文学教室【ネトコン受賞】  作者: 瀬川雅峰
四章 山月記の時間_2019年7月編
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15 子の心、親知らず

 9月6日(金) 放課後


 前日の結城と麻衣のことを受け、ひとまず今日は校内での創作部の活動は自粛とした。二人のメンタルへ配慮した面もあるし、他の先生方や部活への体面も考えてのことだ。


 既に部誌が完成していたこと、ステージパフォーマンスの準備も、衣装作りから描画の内容まで、ある程度できあがっていたのは幸いだった。多人数で集まらないとできないことは、それほど残っていない。展示室――第二特別教室を飾り付けていいのは、授業のなくなる2日前……9月12日から、と決まっている。


 放課後すぐ一度部員を集めてミーティング。週末に各自で進めておくべき個々の展示品制作について指示を出し、下校させた。

 ついでに担任の3年3組の出し物「焼きそば屋台」も少しずつ作業が進んでいることを確認して、職員室へ戻る。


 ◇


 午後4時をまわったあたりで、2年5組の担任、杉寄先生が、内線をかけてきた。

「辰巳先生、お忙しいところすみません。うちのクラスの橘麻衣なんですが、ご両親が学校にいらっしゃってまして。昨日の件で先生にお礼……ぜひお話をしたいと」

「了解です。部屋はどちらにしますか」

「今日はカウンセリングの先生がお休みの日なので、カウンセラー室Aを開けました」


 ◇


 冷房をつけたばかりのカウンセラー室に入ると、麻衣に目鼻立ちのよく似た女性が、すっと立ち上がり、挨拶をしてきた。隣には年の離れた――かなり歳上に見える男性がいる。

 女性……母親は高校生の娘が二人もいるとは思えないほど若々しい。ビジネス然とした整った動き、派手すぎず、かつ華やかさを保った服のコーディネート。普段から人に会い慣れている空気をまとっている。


「橘麻衣の母でございます」

 そのまま、手元の名刺ケースから一枚取り出し、手渡してくる。

 名刺には、たちばなエステティックサロン、とある。名刺に肩書きが入っていないし、この屋号である。オーナーなのだろう。


「本日は、夫と二人で……昨日のお礼に参りました。」

 そのまま、こちらは右手の杉寄先生と二人、先方は杉寄先生の前に母、俺の前に父、という形で座る。


「昨夜は、本当にご迷惑をおかけしました。夜間にも関わらず、麻衣を送っていただき、ありがとうございます。あの子、痴漢を殴りつけて、警察のご厄介になりかけた、と……どうして、そんなに粗暴になってしまったのか……」

 橘の母が、目を伏せがちにして話す。


 担任の杉寄先生……そろそろ五十代の温和な女性の先生……が受ける。

「いえ、麻衣さんは、痴漢を捕まえようとして、相手から殴られ、仕方なく殴り返したと聞いています。お母様が気に病まれるようなことでは……」


「いえ……女の子が、相手が倒れるまで殴りつけるなんて……普通ではありません。最近では言葉もどんどん乱暴になって……正直、このままでは、と思ってるんです」


 この母親は、自分の娘の「今の状態」が受け入れられないのだ、と気付いた。昨日のお礼、といいつつ、娘の外の顔を知る教員から話を聞くのが目的でここに来ている。


「……お母さん、せっかく麻衣さんが勇気を出して、他の子を助けてあげたんですから……」

「家でも麻衣はいつも睨むような顔で……昔の私に似たのか、なんて思いますけど……ただ、普通の女の子に育ってほしいだけなんです」

 杉寄先生が取りなそうとしても、今の母親に聞き入れることは難しそうだ。


 話に入って、先を促してみる。

「……お家で、誰かに粗暴な振る舞いをするようなことが、ありますか」


「……手を上げる、ということはないのですが、態度がすっかり男の子みたいで。素っ気なくて、今の夫とも全くなじもうとしません」


 橘の母は、前の夫と離婚していた。幼い娘二人を抱えて、サロンを軌道に乗せるために、相当に無理もしたという。今の夫との年齢差……外見の印象で言えば、一回り以上離れているのではないか……からも、いろいろ事情がありそうだ。今の夫と籍を入れて……二人の娘の新しい父親となって5年という。


「正直、新しい夫を受け入れるのは、年頃の娘たちには難しいかも、とは思ってました。でも、もう少し歩み寄って、関係が作れないものかと……」

 新しい父親と、芽衣はどうにか関係を作れた。だが、麻衣は他人行儀な姿勢が抜けず、家にいてもほぼ会話がないという。


 父親が、ようやく口を開いた。 

「難しい年頃ですから……自然にコミュニケーションできるようになるには、相当時間もかかるだろうと思って、私は焦らないようにしています……妻にも、無理しなくていい、とは言ってるんです」

 実の母娘の間が冷戦状態では、彼もどう振る舞っていいか困るだろう。


「どんどん男っぽくなっていくあの子を見て、どうして振る舞いだけでも直せないんだろう……女の子ぽくした方が、世の中を渡るのもきっと楽なのにって。正直、我が家は仕事が仕事ですし……イメージの問題もあります。あの子からは、お気に入りの男の子や彼氏といった話題も全く聞いたことがありません」


 仕事柄、女性は美しく、可愛くあるべき、という前提で動いている母親から見れば、麻衣の所業に問題があるのはわかる。だが……。


「お母さん、痴漢をするような男性に立ち向かうなんて、とても勇気のいることです。麻衣さんは部活の仲間を助けました。そこだけは、認めてあげられませんか」


 言葉を変えつつ、何度かそう説得を試みたが、母親の姿勢は頑なだった。麻衣との間の心理的な障壁は、一朝一夕にできたものではなさそうだ。  

 これでは、麻衣も息が詰まる。口を開けば諍いになるなら……彼女はきっと、会話しないこと、を選択した。

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