12 入稿日(エックスデイ)
8月30日(金) 部誌制作最終日 午後4時10分
お盆休みを開けてから10日あまり。ほぼ休みなしで、創作部はバリバリと活動してきた。ついに原稿準備の最終日。今日中に全てのページを印刷できる状態にして、明日の午前中に印刷業者へ持ち込む段取りだ。
関東で開かれる真夏の同人誌祭……の時期から、若干ずれているし、毎年恒例になっているので、印刷屋さんも実のところ、割と無理を聞いてくれる。早期割引の適用必須だから締め切り厳守、と部員には話しているが、実は2、3日までの遅れなら「なんとかできますよ」と内々に言ってもらっていた。
当然だが、部員にそれは伝えない。
待ってもらえる、と思うと、緩んでしまうのが人の常だ。
教室前に置いた長机を「完成原稿用」にして、そこに作品毎に付箋をつけた原稿が並べられている。
パソコンで打ち出した、ページ構成を示す一覧表「台割り」と見比べて、ページに抜けがないことをあらためて確認する。
1ページの抜けもない。
表裏表紙を入れて、全124ページ。読み切り漫画5本、小説2本、物語とイラストを組み合わせた作品が2本、単体としてのイラスト作品が40点以上……毎年「ここまで公立校の部活でやるのか」と評価されているだけはある。
びっしりと熱のこもった後書きページまで、隙のない仕上がりになった。
印刷業者に依頼する冊数は、例年でも最大の200部。一冊350円で売って、180部以上売れれば、なんとか黒字化できる。
午後4時30分。
部誌作成の全ての作業が終わり、全部員がミーティングの体制になる。
壇上に、部長の円城が立つ。
「みなさん、部誌の原稿、全て完成です。先生にも確認いただきました」
16人で出せる最大の音量……と思える盛大な拍手。
目を潤ませている子もいる。夏休みの大部分をつぎ込んで、汗と熱をたたき込んだ部誌作りが終わった。
「私たち3年生にとって、最後の部誌です。これ以上ない、最高の部誌にできたと思います。先生、明日の入稿、よろしくお願いします。おつかれさまでした!」
「おつかれさまでした!」
円城の挨拶に部員が唱和で答える。さらなる拍手。部員達の、熱く火照った顔、顔……。間違いなく、この子達の忘れられない一コマになるはずだ。
◇
翌 8月31日(土)
厚形の書類ケースの中にページ順の原稿を重ねる。鞄に入れ、しっかりと肩からかけて出かける。原稿用の厚手の紙が120枚超……厚みにすると5センチはある。
書類ケースにみっしりと詰まった原稿を、印刷会社「リンゴの森出版」で、毎年うちの部誌を担当してくれている社員、田辺氏に渡した。
「今年も……本当に先生のところの部誌は大したものですねぇ」
一枚一枚、2人で確認しながらめくっていく。
原稿確認は、円城の描いた絵物語「竜と巫女」にさしかかっている。
――傷ついた竜が、貧しい村の外れに倒れている。
村の社を守る祭司の娘が、竜の手当をして、力を取り戻した竜が天に還る。竜は嵐を司る神で、村は日照りや干ばつに悩まされることがなくなる――シンプルな筋書きだ――絵の質は十分に高いが、円城が本気で描いたにしては……少々パワー不足にも感じる。
……さすがに、部長業にステージパフォーマンスに部誌原稿では忙しすぎたか。
「これまでで、一番分厚い部誌になってしまいました。本当に、生徒たちが頑張ってくれまして」
「うちの娘も、父親に似たのか、学校で漫研やってるんですよ。でも、部誌っていうのがまた……いかにも、もう、いかにも、な出来でねぇ。こんなの作れるようになってくれたら、嬉しくて泣いちゃうなぁ……」
褒められると自分のことのように嬉しくなる。
「……自慢の部員たち、ですから」
ちょっとくらい、自慢しても……あちらから見れば、お客さんなのだ。大目に見てもらおう。
◇
印刷所から出て、少し歩いたところで、タイミング良くSNSに連絡が入った。
――先生、無事に入稿は終了しましたか。Ogami
――つい今しがた、無事に完了。9月12日、完成品到着予定。辰
――今年も、業者は「リンゴの森」さんですか?Enjo
――ああ、うちのことをわかって、丁寧にやってくれてるからね。辰
――完成楽しみすぎ!mei
――あとはステージと、展示室作りを頑張りましょう。辰
部活の連絡に絶対便利だから!と、今年の春、部員達に押し切られるようにして、SNSアプリを入れた。確かに、こうしたやりとりを全員に見せられるのは、部活運営上いろいろ便利だ。各部の顧問を務める先生方が「ないともう不便で」と言うようになるのもわかる。