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【書籍化】辰巳センセイの文学教室【ネトコン受賞】  作者: 瀬川雅峰
四章 山月記の時間_2019年7月編
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12 入稿日(エックスデイ)

 8月30日(金) 部誌制作最終日 午後4時10分


 お盆休みを開けてから10日あまり。ほぼ休みなしで、創作部はバリバリと活動してきた。ついに原稿準備の最終日。今日中に全てのページを印刷できる状態にして、明日の午前中に印刷業者へ持ち込む段取りだ。


 関東で開かれる真夏の同人誌祭……の時期から、若干ずれているし、毎年恒例になっているので、印刷屋さんも実のところ、割と無理を聞いてくれる。早期割引の適用必須だから締め切り厳守、と部員には話しているが、実は2、3日までの遅れなら「なんとかできますよ」と内々に言ってもらっていた。


 当然だが、部員にそれは伝えない。

 待ってもらえる、と思うと、緩んでしまうのが人の常だ。


 教室前に置いた長机を「完成原稿用」にして、そこに作品毎に付箋をつけた原稿が並べられている。

 パソコンで打ち出した、ページ構成を示す一覧表「台割り」と見比べて、ページに抜けがないことをあらためて確認する。


 1ページの抜けもない。


 表裏表紙を入れて、全124ページ。読み切り漫画5本、小説2本、物語とイラストを組み合わせた作品が2本、単体としてのイラスト作品が40点以上……毎年「ここまで公立校の部活でやるのか」と評価されているだけはある。

 びっしりと熱のこもった後書きページまで、隙のない仕上がりになった。

 印刷業者に依頼する冊数は、例年でも最大の200部。一冊350円で売って、180部以上売れれば、なんとか黒字化できる。


 午後4時30分。

 部誌作成の全ての作業が終わり、全部員がミーティングの体制になる。

 壇上に、部長の円城が立つ。


「みなさん、部誌の原稿、全て完成です。先生にも確認いただきました」


 16人で出せる最大の音量……と思える盛大な拍手。

 目を潤ませている子もいる。夏休みの大部分をつぎ込んで、汗と熱をたたき込んだ部誌作りが終わった。


「私たち3年生にとって、最後の部誌です。これ以上ない、最高の部誌にできたと思います。先生、明日の入稿、よろしくお願いします。おつかれさまでした!」


「おつかれさまでした!」


 円城の挨拶に部員が唱和で答える。さらなる拍手。部員達の、熱く火照った顔、顔……。間違いなく、この子達の忘れられない一コマになるはずだ。


 ◇


 翌 8月31日(土)


 厚形の書類ケースの中にページ順の原稿を重ねる。鞄に入れ、しっかりと肩からかけて出かける。原稿用の厚手の紙が120枚超……厚みにすると5センチはある。

 書類ケースにみっしりと詰まった原稿を、印刷会社「リンゴの森出版」で、毎年うちの部誌を担当してくれている社員、田辺氏に渡した。


「今年も……本当に先生のところの部誌は大したものですねぇ」

 一枚一枚、2人で確認しながらめくっていく。

 原稿確認は、円城の描いた絵物語「竜と巫女」にさしかかっている。


  ――傷ついた竜が、貧しい村の外れに倒れている。

 村の社を守る祭司の娘が、竜の手当をして、力を取り戻した竜が天に還る。竜は嵐を司る神で、村は日照りや干ばつに悩まされることがなくなる――シンプルな筋書きだ――絵の質は十分に高いが、円城が本気で描いたにしては……少々パワー不足にも感じる。

 ……さすがに、部長業にステージパフォーマンスに部誌原稿では忙しすぎたか。


「これまでで、一番分厚い部誌になってしまいました。本当に、生徒たちが頑張ってくれまして」

「うちの娘も、父親に似たのか、学校で漫研やってるんですよ。でも、部誌っていうのがまた……いかにも、もう、いかにも、な出来でねぇ。こんなの作れるようになってくれたら、嬉しくて泣いちゃうなぁ……」


 褒められると自分のことのように嬉しくなる。

「……自慢の部員たち、ですから」

 ちょっとくらい、自慢しても……あちらから見れば、お客さんなのだ。大目に見てもらおう。


 ◇


 印刷所から出て、少し歩いたところで、タイミング良くSNSに連絡が入った。

 ――先生、無事に入稿は終了しましたか。Ogami

 ――つい今しがた、無事に完了。9月12日、完成品到着予定。辰

 ――今年も、業者は「リンゴの森」さんですか?Enjo

 ――ああ、うちのことをわかって、丁寧にやってくれてるからね。辰

 ――完成楽しみすぎ!mei

 ――あとはステージと、展示室作りを頑張りましょう。辰


 部活の連絡に絶対便利だから!と、今年の春、部員達に押し切られるようにして、SNSアプリを入れた。確かに、こうしたやりとりを全員に見せられるのは、部活運営上いろいろ便利だ。各部の顧問を務める先生方が「ないともう不便で」と言うようになるのもわかる。

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