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【書籍化】辰巳センセイの文学教室【ネトコン受賞】  作者: 瀬川雅峰
四章 山月記の時間_2019年7月編
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11 お盆前の追い込みです

 8月9日(金)


 明日の週末から、そのままお盆の閉校期間に入る。

 部活の文化祭準備も今日でひとまず締めくくりになって、次の活動はお盆過ぎだ。今年のカレンダーで考えると、再開は8月19日の月曜日からになる。

 活動再開から10日ほどで8月末。部誌の原稿を印刷業者に入稿する日を迎えるので、お盆前にあと一息、まで持ち込んでおかないと厳しい。


「そろそろ、全員とも原稿仕上げる目処はついてるね?」


 部室に顔を出して、それぞれの生徒の作業の進捗具合を見る。もうページ数も確定して、すべての作品の順番を、顧問として決定した。


 しっかり作ってあるな、という印象の部誌を作るには、個々の作品も大切だが、ここから先、全体の装丁作業がとても重要になる。部員達は、自分の作品を作るのに加え、全体を一冊の本に仕上げるための作業に取り組んでいく。


 ページ番号や、それぞれの作品の題字、作者名などを読みやすく入れる。目次や奥付のページにもカットをちりばめたり、書体を凝るなど、一手間かけて隅々まで手を抜かない……こうした一つ一つの丁寧な気配りが、全体として引き締まった「商業誌らしい」部誌を生み出す。


 一部300円以上の値段をつけるからには、手にしたとき「凄いな」と思ってもらえるレベルでなくては、買ってもらえない。「高校生が趣味で作ってる」というイメージの壁を壊す気合いが必要になる。


 副部長の結城が壇上に立った。

「後書きを書いたカードは各学年リーダーまで、お盆明け初日、19日に必ず提出してください。サイズはカードの内枠厳守で……というか、そこで裁断するので、はみ出ると消滅します。下書き線や修正跡を残さないよう注意してください」


 シール台紙に打ち出したページノンブルを、一年生が手分けしてデザインカッターで切り抜き、ピンセットで仕上がったページに貼っている。


 自分の原稿に追われている何人かの部員については、すでに作品を仕上げた部員がサポートに入っている。麻衣をはじめ、何人かが挑戦している10ページ越えの漫画は、ベタやトーンの仕上げにどうしても時間がかかるので、他部員の力を借りて作業ペースを上げる。


 第二特別教室は、空調が効いているにも関わらず、追い込みの熱気で室温が上がっているように感じる。夕方まで、全員がかりの長丁場になりそうだ。


 久しぶりに差し入れでも用意しよう。

「誰か、コンビニの買い出し手伝ってくれるか。手の空いてる人、一人でいい」

「はーい。ちょうどベタの手伝いに区切りがついたので、わたし行きまーす。」


 芽衣が手を挙げた。


 ◇


 コンビニまで、学校の裏門から歩いて5分。


 青く抜けた空に、真っ白な雲。

 絵に描いたように、夏だ。


 教員用の下駄箱で外履きに替え、日光の照りつける外にでる。

 すでに靴を履き替えてきた芽衣がいた。


「飲み物は、ペットボトルのお茶でいいかな」

「そうですね。今、部内で流行ってるのは、無糖の紅茶ですね。そればっかり飲んでる人が何人かいて、ちょっとブームになってます」

「じゃ、それに統一するか?」

「うーん。半分くらいそれにして、他も混ぜるとかでいいと思います」


 熱くなったアスファルトを並んでてくてくと歩く。

「先生、ちょっと、お話していいですか」

「ああ」

「まーちゃん……おねーちゃんの、ことなんですけど」

 芽衣の一歳上の姉、麻衣のことだ。

「先生から見て、気になりませんか」

「どういうこと」

 芽衣は、少し考える顔をする。うーん、と小さく声に出している。


「えと……なんか気になるところ、とか、ないですか」

 こっちから切り出した、という形にしたいのだろう。姉のことを告げ口する、みたいな遠慮があるのはわかる。


「そうだな……去年の入学の頃より、さらに言葉使いが荒くなっている気はする。それに、2年になってから制服がスラックスになって……さらに男っぽくなったというか。昨年度は……まだ君は入学前か……スカートで登校してたと思うが」

「制服……あー……たしかにそうですよね。制服は、うちで買ったのはスカートだったんですけど……前の部長からもらったって」

「……双海のだったのか」

 円城の一学年上、先代の部長の名前だ。そういえば、彼女はスカートももっていたが、どちらかというとスラックスで登校してくることが多かった。


「その、制服とかも含めて、なんか、より男っぽくなったって、思いませんか」

「……うん。身長も伸びたし、ずいぶん印象変わったと思うよ」

 芽衣が黙る。しばらく歩く。

 何やら頭の中で考え中、の様子だ。


「まーちゃん、て私呼んでますけど、本人がおねーちゃんって呼ばれるの嫌いなんです。女の子っぽいこと、昔から嫌いで……だから、お母さんともいっつもぶつかってて。お母さん、昔からおねーちゃんが男っぽい格好とか、言葉使いとかすると、すぐ怒るんです。制服もスカートしか買ってくれなかったし……妹の私から見ても、なんか、お母さん厳しいなーって」

「……妹としては、しんどいな」

「おねーちゃん、最近なんだか特に思い詰めてるみたいで、家でも前よりぴりぴりしてて……心配です」


 コンビニまで、大した道のりでもないのに、3分ちょっとも歩くと汗が噴き出してくる。


「思い詰めてることに……その、男っぽいところの話、関係ある?」

「……たぶん」

 妹の芽衣が気にしていて、俺のところに相談に来た、ということは……。


「……円城や結城も麻衣のこと、心配してるのかな?」

「おねーちゃんのことが心配で……結城先輩と少し話したんです。そしたら先輩も、最近のおねーちゃん、ちょっと気になるって……辰巳先生に相談しようかって話になって」


「……そうか」


 コンビニで、18本まとめて――2本の余りは、俺とシャーロットの分だ――飲み物を買い込み、6個入りのミニ菓子パンと、ミニアイスもそれぞれ3セットずつ。手の汚れないお菓子を少々。

 飲み物以外を芽衣に預け、アイスが溶けるまでにダッシュで戻ってもらう。


「学校に着いたら、溶ける前にみんなでアイスは食べちゃって。飲み物は、あとから俺が届けるから」

 芽衣に言付けた。

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