7 坂本センセイの家庭科授業
7月15日(月) 午後1時10分 昼休み
「で、辰巳先生。円城さんに、何を着せればよろしいんですか」
何段階か、飛び越えた質問をされている。
「いや、創作部でステージパフォーマンスをするんですよ。それで、部員たちが自分らで衣装を作りたい、と言ってまして……」
「ですから、何を着せればいいのか、と聞いているのです」
……この食い違いはなんだ。
「えと……被服室の使用許可とか、あと、うちの部員たち服作りに詳しくないので、質問などに答えてやっていただけると、と思ってお願いに上がったんですが」
「わかってます。十分、わかってます。そんなのはすべてOKです。ついでに、私にも関わらせてください、仲間はずれは嫌です、と言ってるんです」
小柄で童顔。くりくりとした目に、ぱっつん前髪。職員室で一番若く見える……実は飛田先生と同い年の家庭科、坂本先生。よく見ると、すでに顔が上気して、目がキラキラ……というより、どっちかというとギラギラと輝いている。
「創作部、といえば、あの麗しき円城サン、じゃないですか! 彼女がステージ衣装を着て……何ですか、パフォーマンスですか。するというんですよね?被服系専攻の家庭科教師ナメてるんですか! そんなのこっちで作りたくなるに決まってるじゃないですか! 何着作りますか、デザインの方向性決めてくださいよ、布代負担しちゃいましょうか……もうなんだってやっちゃいますよ」
「いやいやいや……生徒の作るステージなんで。被服室とミシンと、あと、困ったときにお知恵を貸していただくだけで」
坂本先生は、すとん、と力が抜けて、素で残念そうな顔になる。口元がへの字だ。
――危ない。放っておいたら本格的に参加されてた。
「まあ……そーですよねぇー。生徒の文化祭ってのはわかってるんですけどー。創作部は綺麗な子が充実しすぎなんですよ……結城さんもいますし。元々衣装作りまくってたレイヤー上がりの家庭科教師としては、手出したくてしょうがなくなっちゃいますよー」
坂本先生の目元が緩む。やる気のある生徒の話――ついでに、とても麗しい――になると、つい嬉しくなってしまうのは、わかる。
「質問でもなんでも、ばっちばっちこーいです。早速、この後にでも生徒をよこしてくれれば、簡単に講義しますよ」
◇
午後2時 被服室
机には、ずらりと揃った創作部員。
教壇に、白衣を着た坂本先生が颯爽と立つ――調理の実習も多い家庭科には、白衣が支給される。チョークまみれになる国語科としてはうらやましい。
「布と、針と、型紙。あとは根気さえあれば、作れない衣装はありません!」
坂本先生の講義は、小さな身体ながら、ちょこまか動いて元気いっぱいである。文化祭会計を担当する二年部員から質問が飛ぶ。
「先生、正直予算が不安なんですが、ドレスを作るとして、一枚どれくらいで作れますか」
「いい質問です! 高級な布で、素晴らしいドレスを作ろうと思えば無限に高くできますが、逆に裏地もいらない、風合いも近寄らないから気にしない、というならば、とことん安い――そうですね……最低レベルなら、問屋から1メートル100円の布を仕入れてくる、あたりが一番安いでしょう。6メートルあればドレス一枚作れますから、1000円以内で作れます」
生徒たちが、おおお!と驚いている。
正直、そんなに安く作れるものなのか、と思った。
「型紙の確保と、手間がすべてです。でも、それの二つをなんとかする手段とガッツがあるなら、自分の作りたいものを作って、着たいように着る……これは夢でもなんでもありません! せっかくなので、私のノウハウをできるだけ提供しますから、創作部に服作りも取り入れてみませんか!」
何やら、怪しい布教を始めている気がするが……。
そういえば、シャーロットもうちの部にきてはガジェット作りだの、PCいじりだの、勝手にやってたっけ……うちの部、どこに行くのやら、とちょっと思うが、文化祭の出し物の一環である。生徒が楽しそうにはまっていくなら、悪くはないだろう。
「型紙の作成は、初めてではちょっと難しいかもしれないので、あとでまとめて採寸して、サイズ別に分けて私中心で準備を進めます。みなさんはまず、ミシンの使い方に習熟してください」
テキパキと坂本先生が指示を出し、部員が一斉にケースからミシンを取り出す。机の上にミシンを置き、糸を通してセッティングしていく。
結局この日は夕方まで、2時間近くミシン講座をやって、諸々の小物を作りながら縫製自体に慣れたそうだ。同時進行で、ステージに立つ予定の部員が一人ずつ準備室に呼び出され、坂本先生によってすみずみまで採寸された、と報告を受けた。
俺はそのとき何をしていたか。
国語科の成績データを揃えてくれないと大変なことになるのですが!……と、成績処理を担当する教務部の先生方に確保、連行され、パソコンの前から逃げられなくなっていたのだった。