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【書籍化】辰巳センセイの文学教室【ネトコン受賞】  作者: 瀬川雅峰
四章 山月記の時間_2019年7月編
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7 坂本センセイの家庭科授業

7月15日(月)  午後1時10分 昼休み


「で、辰巳先生。円城さんに、何を着せればよろしいんですか」


何段階か、飛び越えた質問をされている。


「いや、創作部でステージパフォーマンスをするんですよ。それで、部員たちが自分らで衣装を作りたい、と言ってまして……」

「ですから、何を着せればいいのか、と聞いているのです」


 ……この食い違いはなんだ。

  

「えと……被服室の使用許可とか、あと、うちの部員たち服作りに詳しくないので、質問などに答えてやっていただけると、と思ってお願いに上がったんですが」

「わかってます。十分、わかってます。そんなのはすべてOKです。ついでに、私にも関わらせてください、仲間はずれは嫌です、と言ってるんです」


 小柄で童顔。くりくりとした目に、ぱっつん前髪。職員室で一番若く見える……実は飛田先生と同い年の家庭科、坂本先生。よく見ると、すでに顔が上気して、目がキラキラ……というより、どっちかというとギラギラと輝いている。


「創作部、といえば、あの麗しき円城サン、じゃないですか! 彼女がステージ衣装を着て……何ですか、パフォーマンスですか。するというんですよね?被服系専攻の家庭科教師ナメてるんですか! そんなのこっちで作りたくなるに決まってるじゃないですか! 何着作りますか、デザインの方向性決めてくださいよ、布代負担しちゃいましょうか……もうなんだってやっちゃいますよ」


「いやいやいや……生徒の作るステージなんで。被服室とミシンと、あと、困ったときにお知恵を貸していただくだけで」


 坂本先生は、すとん、と力が抜けて、素で残念そうな顔になる。口元がへの字だ。

 ――危ない。放っておいたら本格的に参加されてた。


「まあ……そーですよねぇー。生徒の文化祭ってのはわかってるんですけどー。創作部は綺麗な子が充実しすぎなんですよ……結城さんもいますし。元々衣装作りまくってたレイヤー上がりの家庭科教師としては、手出したくてしょうがなくなっちゃいますよー」

 

 坂本先生の目元が緩む。やる気のある生徒の話――ついでに、とても麗しい――になると、つい嬉しくなってしまうのは、わかる。

「質問でもなんでも、ばっちばっちこーいです。早速、この後にでも生徒をよこしてくれれば、簡単に講義しますよ」


 ◇


 午後2時 被服室


 机には、ずらりと揃った創作部員。

 教壇に、白衣を着た坂本先生が颯爽と立つ――調理の実習も多い家庭科には、白衣が支給される。チョークまみれになる国語科としてはうらやましい。

  

「布と、針と、型紙。あとは根気さえあれば、作れない衣装はありません!」

 坂本先生の講義は、小さな身体ながら、ちょこまか動いて元気いっぱいである。文化祭会計を担当する二年部員から質問が飛ぶ。

「先生、正直予算が不安なんですが、ドレスを作るとして、一枚どれくらいで作れますか」


「いい質問です! 高級な布で、素晴らしいドレスを作ろうと思えば無限に高くできますが、逆に裏地もいらない、風合いも近寄らないから気にしない、というならば、とことん安い――そうですね……最低レベルなら、問屋から1メートル100円の布を仕入れてくる、あたりが一番安いでしょう。6メートルあればドレス一枚作れますから、1000円以内で作れます」


 生徒たちが、おおお!と驚いている。

 正直、そんなに安く作れるものなのか、と思った。


「型紙の確保と、手間がすべてです。でも、それの二つをなんとかする手段とガッツがあるなら、自分の作りたいものを作って、着たいように着る……これは夢でもなんでもありません! せっかくなので、私のノウハウをできるだけ提供しますから、創作部に服作りも取り入れてみませんか!」


 何やら、怪しい布教を始めている気がするが……。

 そういえば、シャーロットもうちの部にきてはガジェット作りだの、PCいじりだの、勝手にやってたっけ……うちの部、どこに行くのやら、とちょっと思うが、文化祭の出し物の一環である。生徒が楽しそうにはまっていくなら、悪くはないだろう。


「型紙の作成は、初めてではちょっと難しいかもしれないので、あとでまとめて採寸して、サイズ別に分けて私中心で準備を進めます。みなさんはまず、ミシンの使い方に習熟してください」


 テキパキと坂本先生が指示を出し、部員が一斉にケースからミシンを取り出す。机の上にミシンを置き、糸を通してセッティングしていく。


 結局この日は夕方まで、2時間近くミシン講座をやって、諸々の小物を作りながら縫製自体に慣れたそうだ。同時進行で、ステージに立つ予定の部員が一人ずつ準備室に呼び出され、坂本先生によってすみずみまで採寸された、と報告を受けた。


 俺はそのとき何をしていたか。


 国語科の成績データを揃えてくれないと大変なことになるのですが!……と、成績処理を担当する教務部の先生方に確保、連行され、パソコンの前から逃げられなくなっていたのだった。

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― 新着の感想 ―
[一言] やっと噂の坂本先生に会えました! 先にモデルを伺ったりしていたので、すごくイメージしやすくてニマニマが止まりません♪
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