4 創作部は本年も絶賛活動中です
第二特別教室。創作部の部室……つまりアジトである。
教室後ろ側のドアを開ける。
いつものように、思い思いのところで創作に励んでいる生徒たち。全部員が揃っているので総勢16名。
目の前、廊下側の後ろの机に、橘麻衣が斜め座りをして、シャシャシャとキレのいい音を立てている。涼しげなショートカットに、制服がスカートではなくパンツスタイルなので、シルエットを見る限り少年のようだ。
教室の反対サイド後方、窓付近の席では、シャーロットが細かな成績処理のない補助教員の立場を最大限に利用して、何やらガジェットらしきものをいじっている。彼女は放課後余裕があると、よく創作部に遊びに来るようになってしまった。
まずは1年生の集まっているあたり、廊下側、前方のシマから見回ってみる。総勢6人の新入部員のうち、2人は男子だ。一昨年いた福井君以来の、男子生徒である。
新入生歓迎の部活紹介で、円城がマイクをもち、ライブドローイングを結城がやったことが、男子の入部熱を高めた。
とはいえ結果的には2人しか入部していないのだが、これには事情がある。1年生の男子が、ステージ上の麗しい創作部の先輩達を気に入ってしまい……このままでは新入部員を取られる、と危機感をもった他の部活が「円城先輩も結城先輩も、とある先生にべったりで、年下なんて相手にしないよ」と言いふらしたのだ。
その結果、大部分の新入生は冷静に他の部活を選び……創作好き男子が2人残った、という流れである。
思い切り名指しされた「とある先生」としては、複雑な気分だが、結果的に創作に熱意のある2人が残ってくれたのは、良かったとも言える。
1年生の中で目立っているのは、構成力と画力のどちらも備えている男子の矢作。かなり尖った……少女らしくないセンスで純文学テイストの小説を書いてる新里。そして姉ほどの馬力はないものの、意欲的にイラスト描きを楽しんでいる橘芽衣――橘麻衣の妹である。
「1年生ジマ、好調そうだね」
「頑張ってまーす」
愛想良く芽衣が応えた。
とても上手い、までは二歩ちょっと足りないが、クセのない、元気な線で、堂々と描く。きっと上達も早い。
隣で矢作が田舎町を舞台に、人の身体を苗床にする植物ホラー漫画のネームを作っている。何度かのミーティングで枝葉を刈り込んで、最終的に本編8ページまで練り込んだ。所々で説明多めになってしまうが、密度が高くまとまりが良い。淡々と描かれる物語の果て、何の救いもないラストが怖い。
新里の小説は、高校生の小説入門で定番の私小説。実際の自分の家族構成をベースにして、上手に嘘を混ぜ込みつつ、家庭内に重大な秘密がある……というスリリングなものになっている。
ただ1年生で、女子ということもある。「これ、面白いけど、誤解されたり、同一視されたりって不安はない?」と一応聞いたが「それくらいの方が、読んでる方もドキドキしませんか」と返ってきた。
例年のことだが、この時期は文化祭で販売する部誌の仕込みが本格化する。イラストで勝負する者、小説を書いている者、そこにコラボして挿絵で参加する者、ストーリーのある漫画作品に挑戦している者――部員それぞれの動きは、なかなかのちゃんぽんぶりである。
ほっておくとどんどん膨れ上がるページの割り振りと、作品の順序については、最終的には顧問の権限で決定、ということにしている。
◇
「ねえ、まーちゃん、ちょっと見てもらっていい?」
「いいけど芽衣、部活でその呼び方どうなん」
まーちゃんは、麻衣……橘姉妹の会話である。
芽衣が席を立って、姉の麻衣の席に下書きを見せにきた。
「だって、おねーちゃんって呼ばれるの嫌いじゃん。今更センパイとか……くすぐったいっしょ」
「……そりゃそうだけど」
姫とそのまわりに侍るユニコーンやグリフォン……思い切りファンタジーな妹の下絵を見て、鉛筆で素早く修正を入れていく。麻衣のスピードは部員でも随一だ。いかにも女の子らしい着こなし、振る舞いの妹と並ぶと、麻衣の姿はまるで兄のように見える。
上級生のシマも一通り見て廻る。
部長の円城咲耶は、竜を主体にした絵物語を6ページ構成で準備している。
尾上千絵は少しだけ、大人っぽい恋愛小説……1年の夏から付き合い始めた福井真吾とは、もう二年続いている。相変わらず仲良くしているようだが、小説はそこで経験したらしいあれこれが盛り込まれているためか、ずいぶんアダルトな雰囲気だ。結城は一足先に、書き上がった部分を読ませてもらっているが、さっきから顔がずっとニヤついている。
……よほど、甘い場面が続いてるらしい。
「千絵……このムッツリめ」
続きを書こうと型落ちのノートPCを広げた尾上の顔が、真っ赤になった。
ノートPCは、企業のリース上がり品を学校向けに提供しているNPOからのいただきものだ。フリーOSやその上で動作するアプリケーションは、シャーロットが整備してくれた……創作部のデジタル化に、彼女はずいぶん貢献している。
「ちょ……何言い出すの」
「いやー、福井先輩とこんなことしてるのかと思っちゃって……うふふふ」
「もう……完成するまで読むの禁止!」
結城から紙束を奪い返し、ほてった顔をパタパタと扇いでいる。
円城をはじめとした他の部員は努めて「興味ありません」の姿勢で、目をそらしている……興味津々、なのだな。
結城は尾上いじりをやめて、自分の作品に戻る。美術部のエースらしく、モチーフや構図をずいぶん慎重に決めていたが、ようやく下絵が形になってきていた。
高く抜けた空の下に広がる異世界の風景。空想で描かれた緻密な町並み。その空間の広がりだけ――言うなれば、構図と背景のラフだけで、実力の程が窺えてしまうところが凄い。
「結城先輩、やっぱりハンパないですよねー。同じファンタジー系描いてて、これ見ると、ヘコむんですよ……」
こぼす芽衣の気持ちはわかるが、結局のところ描いて経験を積むしかない。
「たくさん描いて、技術もセンスも盗んだらいいよ。部の先輩なんだから」
「ですよね!遠慮せず、見させていただきます!」
目を輝かせて、結城の作品を見入っている。
ひとしきり見た感じ、創作は順調に進んでいる。
去年と比べても、今年の部誌制作は、順調にいきそうだ……と思ったのだが、1人だけ、例外がいた。
2年生の橘麻衣だ。
薄手の紙に素早く、下絵を描いているのだが、しばらくすると丸めてポイ、と放り出している。こっそり芽衣に聞いたところ、ここのところ、こんな様子になることが多いという。
円城が、話しかけている。
「麻衣、なんかあった?」
「いや……なんでもないす。ちょっと、気分がのらなくて……」
紙玉に囲まれて、麻衣が答えた。
円城は麻衣の目と、動きをじっと見ている。
俺の近くにいた芽衣が、小声で言った。
「きっと、まーちゃ……おねえちゃん、寂しいんです。先輩たちとお別れだから」