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【書籍化】辰巳センセイの文学教室【ネトコン受賞】  作者: 瀬川雅峰
四章 山月記の時間_2019年7月編
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3 もういくつ寝ると夏休み

7月12日(金) 午後4時20分


 期末テストの後、200枚以上のテスト採点と、その返却がどうにか終わった。


 校内では多くの部活動が一斉に活動中だ。夏休みに向けて、校内に開放感が満ちている。顧問としては、しっかり活動をみてやりたいところなのだが……この時期はなかなか難しい。


 来週水曜の成績会議で、全生徒の一学期成績が決定する。その前々日……週明けの月曜には、元データの整備を終えなくては間に合わない。テストの点数以外に成績に入れようと思っていた提出物、小テストの成績など、片っ端からチェック、採点、データ整備を片付けていく。 

 同じ国語科の先生方と軽い打ち合わせをして、採点基準について再確認を差し挟みつつ、PCへの入力をしばらく続けた。

 コーヒーを一口飲んで、目頭をほぐす。


 ――そろそろ顔を出すか。


 創作部には、後で少し顔を出す、と部長の円城に言ってある。あまり長い時間は滞在できないが、定時のチャイムが鳴る頃……夕方5時くらいまでなら様子を見られるだろう。データ整備の続きはその後、どうせ夜なべ仕事になる。


 自席から、立ちあがり、職員室のドアを抜けたところで、神田先生に行き会った。

「おつかれさまです……先生、そういえば」

 神田先生に声をかけて、廊下で立ち話をする。

 今年で3年目になる熱心な美術の先生で、今年度からは美術部の主顧問になった。芸術家としての才能……西洋画については特に優れていて、生徒への指導でも遺憾なく能力を発揮してくれている。


「結城の特待生の件、ご存知ですよね」

 神田先生の顔に、笑みが浮かぶ――やっぱりバレたか、という顔だ。

「はい……やっぱり、私が関係してるって、思われちゃいましたか」

「ええ。結城のことを先方がちゃんとわかってる様子だったというので……神田先生の配慮があったのかと」


 数瞬、考えて、神田先生が続けた。

「……私が先方の美大と以前から関係があったのは事実です。ですが、今回の件で後ろ暗いところは一切ありません。結城の才能と作品を、先方に伝わるようにしただけです」


 神田先生は、2学年の須藤奈々と婚約している。須藤家は祖父が美大の理事、父親が教師をしながら創作に打ち込む芸術家一族だ。様々なところに顔が利くのだろう。

「辰巳先生、話は変わるのですが、私も少しだけ、先生が部室へ行く前にお話しておきたくて」

「……なんでしょう」

 神田先生から用事、とは珍しい。

「橘麻衣なんですが……創作部の方では、どんな様子ですか」


 ◇


 神田先生の話すところを総合すると、美術部、創作部の双方を兼部する2年生、橘麻衣の立場が、少々危ういのだという。

「ちょっとボーイッシュで、口も遠慮がない子、とは思ってましたが、基本的にはニコニコした、明るくて気持ちのよい生徒でした。それが、このところ、酷くツンツンしてる、といいますか」


 美術部と創作部は、ライバルであり、協調関係でもあり、また、両方を兼部している生徒も数人いる、という、絶妙なバランスで結びついている。1年生の頃から、曜日によって創作部、美術部の両方に積極的に参加して、大変なスピードとエネルギーで創作を行う橘は、よいムードメーカーだ……少しばかり、口は悪いが。


 その橘が、美術部内の人間関係をこじらせた。


「今週になって3年生たちとの間で……衝突が表面化したような感じになって」

「それは……妬みとか、そういう?」

 創作系の部活にはままあることだ。特に橘は、描くスピードが尋常ではない。正確で強い線、そして速さ。3年生まで含めても、美術部内で屈指の実力だろう。

「いや……コンクール出品で代表者になったり、実際に入賞させるのは結局、ほとんど結城です。橘もスピードはずば抜けてますが、表現力では、結城にまだまだ及びません。だから、妬み、ということでは、美術部(うち)ではまず結城の名前が出ます」


 それだけの実力……努力に裏打ちされた……があったからこそ、特待生の話だって引き寄せた。


「……これは仕方ないのですが、今までずっと他の部員から、結城が妬まれてたというのはあります。実力差はあっても、どの子もプライドがあります。特に同学年の子は、3年間ずっとおいしいところを結城にばかり取られてるので……そういう気持ちを持つな、というのも難しくて。今回は、橘がそういう周りに対して、怒ったのがこじれた発端で……」

「橘は、どんなことを言ったんです」

「……結城先輩に勝ちたいなら、愚痴ってないで、本気で努力したら?――みたいな啖呵を切ったんですよ。結城に対して3年生たちが、特別に指導してもらってるからだ、とか、贔屓されてる、とか、いろいろ陰で言ってるのは私も知ってます。才能に嫉妬はつきものですから、ある程度は、結城も慣れてたと思うんですが……」


 いくら「嫉妬なんて見苦しい」といっても、その理屈だけで嫉妬をしなくなれるなら苦労はない。他の部員たちだって、それぞれに頑張ってきたならなおさらだ。

 

「橘は、なんで今回に限って、結城のことで表立って怒ったのでしょう。何かきっかけになることが?」

「そもそもあの言葉使いなんで、女子には刺さるというのもあるんですが……これまでの不満がたまっていたのかな、と」

 創作部でも、橘の様子は注意しておきます、と神田先生に言って、部室へ向かった。

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