1 咲く
2019年 9月15日(日) 文化祭二日目
スポットが灯る。
少女が闇の中に浮かび上がる。
ドン
和太鼓の響きが、沈黙を破る。
重い振動がゆったりと刻みはじめ、次第にペースを速めていく。
ぱらりん ぱらりん、と試し弾くように被さる琴の音。
少女は、淡い桃色の羽織を着ている。
下は、濃紺の袴。
右手に太い絵筆、左手には幅広の刷毛。
こちらを向いて、顔を少し俯けた少女は、そのまま深く一礼した。
――背を向ける。
ドン ドン ドン ドン ドン……
太鼓の音が、カウントダウンを刻むように、緊張を高めていく。
背後に屏風のように広がる、横幅が数メートルにもなる巨大な白い衝立。
少女の両手が、羽根のように優雅に上がっていく。
いよぉ、と合いの手が入る。
「桜」を現代風にアレンジした曲が流れる。
琴の音が、幾重にも重なり、絢爛な旋律を奏ではじめる。
少女の狙い澄ました一筆目が、稲妻のように、衝立の白を切り裂いた。
墨の黒が、鮮烈にほとばしる。
二筆目、三筆目、四筆目。
大胆に、衝立に太く、鋭く。
琴の音が一層速まる。
せき立てるように、曲が高まっていく。
少女は、羽織の袖をひるがえし、廻りながら、大胆な筆遣いで描き続ける。
描いている……その動きは同時に舞でもある。
見ている者を引き込む優雅で、力強い体捌き。
舞踊と武術の演武が混ざり合ったように、凜々しく、美しく。
曲はさらに高みへ駆け上がる。
舞台の上から桃色の紙吹雪が舞い始めた。
桜の花びらを模したその渦に包まれ、スポットの光を跳ね散らす。
少女は、踊り、廻り、描く。
太く力強い竜の身体、鋭い爪をそなえた上肢、全身の鱗、長く流れる髭……
曲が最高潮を迎える。
横に長くうねりながら伸び、両の目でこちらを見据える竜が吠えた。
――画竜点睛……最後に瞳への一筆。
命が宿る。
少女が竜を背景に振り向き……桃色の吹雪の中で、正面を見据えた。
◇
大きな拍手と歓声を背に、舞台袖に少女――円城咲耶が歩いてくる。
うっすらと汗をかき、上気した顔で、満足そうに微笑んでいる。
「センセイ!」
「よく、頑張った。見応えのある舞台だった」
「ありがとうございます。やりきった……って感じです。楽しかったー」
舞台袖から、後輩たちが駆けだして、完成した衝立を次の作品用に入れ替える。衝立の表面から竜の絵はこのあと取り外され、部室にインパクト満点の展示品が一つ加わる。
咲耶は、舞台袖で次の出番を待つ二人と、手のひらを打ち合わせた。
「いよいよ真打ちね」
咲耶は、にっこりと微笑みかける。
この二人こそ、今日の主役。
――全力で、楽しんでおいで。
顧問として、心でエールを送った。