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【書籍化】辰巳センセイの文学教室【ネトコン受賞】  作者: 瀬川雅峰
三章 竹取物語の時間_2019年1月編
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21 エピローグ 二人の姫

 2月5日(火)  午後5時30分


 珍しく、終業のチャイムですぐに学校を出た。

 電車のつり革を掴んで、目を閉じる。


 異動はしなくて済んだ。

 これで4月からも、この学校の先生でいられる。


 でも、この胸の重さはなんだ。

 自分は、どんな顔をしてる?

 電車の中の閉ざされた空間ごと、海の底に沈んでいるような気分になる。


 ――無様で、お似合いじゃないか。


 電車を自宅の最寄り駅で降りて、重い足取りで改札を抜けた。

 バス停とタクシー乗り場を一応備えた、こぢんまりしたロータリーに出る。



「辰巳、迎えに来ました」

 アイボリーの上品なクーペの前に、シャーロットがいた。


 ◇


「日本の左車線には、まだ慣れません」

 二人乗りの、小ぶりなクーペ。ハンドルは、シャーロットが握っている。

「辰巳にせっかくプレゼント、と思ったのに……」

 昨日の、咲耶の帰国のことだ。


 先週末の夜、シャーロットと話をしたあとのことだ。彼女は家に帰ってアメリカの咲耶に連絡を取り、何があったかを洗いざらい話した。俺が異動を受け入れて、まもなくそれが本決まりになることも。


 ろくに説明もないまま、なしくずしに留学を伸ばされ、周りに噛みつきまくっていたという咲耶は、電話口で事情を知ると、当然のごとく激怒した。シャーロットはすぐ「余裕でファーストクラスに乗って往復できるくらいの」大金を咲耶の口座に入金。咲耶は即日飛行機のチケットを買って日本へ舞い戻り――校長室のドアを破壊した。


 車は再び街中へ入っていく。


 シャーロットは日本の慣れないであろう道を、カーナビの指示どおりにゆったり走った。やがて、数台止められる駐車場のある喫茶店に車を乗り入れた。


 シャーロットの先導で店内に入る。店員に「待ち合わせなので」と言って奥へ進む。


 一番奥のテーブルに、咲耶がいた。

 こちらに気付いて、すぐに立ち上がる。

「センセイ……どうして」

「咲耶、このまま今夜、私とだけデートして、アメリカに帰る、はないでしょ。ちゃんと、辰巳と話さなきゃ」


 シャーロットが微笑んだ。


 ◇


 4人掛けの席で、咲耶と向き合う。俺から見て左横の席にシャーロットが座った。


「センセイ――ちゃんと、話してくれませんか」

「……うん」


 そうは言ったものの、どう続けていいかわからない。

 それは、きっと咲耶も同じだ。

「あーもー、見てられません。辰巳、ちゃんと話さないと。どうして、お付き合いも結婚もしないのか、ほら、咲耶にはっきり言ってあげて」


 一つ息を吸い込む。


「……俺には、恋愛する資格がない」


 咲耶の目が、まっすぐに見つめてくる。

 その目が、どういうこと?と問いかけている。


「俺は以前、ある人を不幸にした……それで……償わなきゃって。誰かと一緒にいようとしちゃいけないって思ってる」


 咲耶は、俺の言葉を理解しようと……頭の中で咀嚼しているように見える。

 しばらく経ってから、口を開いた。

「……センセイ、私だから、ダメってことじゃ、ないんですね?」

「円城だから、とか、誰だから、って話じゃなくて……強いて言えば、俺だから、ってことになると思う。誰とどんなことがあったかは……言えない。そこは、秘密にさせてほしい」


 きっと、今の俺は「痛ましい顔」をしている。


 だからなんだろう。咲耶の瞳は優しい。

 まるで……俺の痛みを掬おうとするかのように見える。

 ――都合がいい。思い込みだ。


「センセイ……わかりました。今は……そこまでで」


 シャーロットが、ふわっと笑って割り込んだ。

「かぐや姫は、私だけじゃなかったね……」


 きょとん、とした咲耶に構わず続ける。

「ねぇ、辰巳。ちょっとスマホ見せて」


 なんだろと思いつつ、言われるままにポケットから取り出す。

 ロックがかかっているから、中身はいじれないはずだが。


 スマホを手にしたシャーロットが、手の中でためつすがめつ。

 やがて、クスクスクスと笑い出した。

「咲耶、私が辰巳の家におじゃました夜ね、もうちょっとで落とせそうだったんだけど、ぎりぎりでお断りされちゃって。女として大恥かかされちゃった……辰巳は酷い男だよぉ」


 咲耶の視線が、ぎん!と音を立ててシャーロットを射貫く。

 その視線を楽しむように受け止めて、シャーロットが続ける。


「いい雰囲気だったのに、他の女のことを思い出したんだね。私を押し戻して家から追い出したの……ほんとに酷い男。でも、仕方ないかなー。コレ見て、思い出しちゃったんだもんね?」


 シャーロットは、スマホについたアクセサリをこちらに掲げて見せる。


 竜の絵を固めた、コイン型のレジン。


「辰巳の竜を取り巻いてるのは桜……咲耶だもんね。辰巳を包んで()()()()。いやぁ手強いわけだ」


 ぼぼぼん。

 咲耶の顔から火が噴いた。


「ちょ……やめてシャーロット」


「……咲耶、きっとあなた、自信もって大丈夫よ」


 ◇


 2日間の一時帰国の後、咲耶は3月まで留学を続けることにして、アメリカへ戻った。


 俺の異動を撤回し、謝罪した鉄治氏の顔を立てたわけだ。咲耶のことだ。後輩のために、留学事業そのものを頓挫させない、という気遣いもしたに違いない。


 父親からは、今後一切、邪魔をしない、という確約を取ったと聞いた。とどめに「懲りずになんかしたら、録音、公開するからね?」と言い渡してあるそうだ。

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