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【書籍化】辰巳センセイの文学教室【ネトコン受賞】  作者: 瀬川雅峰
三章 竹取物語の時間_2019年1月編
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19 かくして役者は集う

2月4日(月)

 教員の異動について正式な辞令が出る日は、毎年ほぼ同じである。

 毎年恒例、職員室で、ひそひそと「どうだった」という声のかけあいが行われるこの時期。


 ほぼ全員の異動が同時に公表されるには、理由がある。


 教員の異動は、一人だけの異動で終わることがまずない。教員の定員はどの学校もほぼ変動がないので、例えば俺のように国語の教員が一人飛ばされる、となると、交換、もしくは玉突きで異動する人間が必要になる。場合によっては何人もの教員が影響されて異動予定が書き換わったりする。

 情報の早い、遅いによって不満が出たり、先に情報を得た教員が有利に立ち回る不公平を防ぐためにも、異動予定は全員分をまとめて発表するのが基本だ。


 ◇


 校長室に入る。最近ずいぶん入り慣れてしまった感がある。

 中には、校長と教頭、それに教育委員会の木下氏、さらに、教育長の円城鉄治氏までが待っていた。


 何事だこれは。


 一人の教員の異動面接としては、あり得ない大イベントになっている。

 部屋に入って椅子にかけると、早速校長が切り出した。


「辰巳先生、先日お話した異動の件ですが、最初に教育長の円城さんが、直々にお話したい、ということだったので、こちらにいらしています」

 鉄治氏がその後を引き継いだ。

「突然学校までやってきて、申し訳ありません。少しの時間でかまいませんので、辰巳先生と二人でお話させてください」


 ◇


 校長室に、鉄治氏と二人残された。

 何事です?と目で先を促す。


「……ちょっと、参ってしまってね」

 鉄治氏の腰が以前より低い。口調もくだけている。

「自治体の人事処理的にも、今日が最後の変更チャンスなんです。君、シャーロットと、お付き合いする、とこの場だけでも言うつもりはありませんか」


「は?」

 今ひとつ飲み込めない。


「いや、シャーロットを連れ込んだ遊び人は異動させてしまえ、と言ったのは確かに私です。それは認めます。ただ、職員の皆がまさかここまで生真面目に忖度して、人事をきっちり動かしてしまうとは……君は君で、あまりにもあっさり受け入れるし……」


「……はあ」


「このまま、君の異動が正式に決定すると……さすがに委員会を私物化してる、と私も指弾されかねません。他派閥の連中に、格好のネタにされる懸念が……」


 呆れた。


 要は、言いたい放題にわがまま言ったら本当にその通りになってしまいそうで、戸惑っている、と。


 役人というものは、イエスマンが多くて、上に逆らうのが苦手だ。

 逆らったら不利益になる、と閉鎖的な組織で思い知らされているから、仕方ない面もある。でも、その分、といっていいのか。一度やる、と決めたことについてはきっちりやりきる几帳面で真面目な人が多い。


 ……皆が、几帳面に「忖度」した結果、ここまで来てしまった、と。


「なんですかそれは……じゃあもう、教育長が今回の件、不問にする、と言ってくだされば終わる話ですよね」


 鉄治氏の顔が、渋くなる。

「そこが微妙だから、頼んでるんです……これ、忖度、で下が勝手にやってる体ですから。この段階で私がやっぱりナシ、とは言えません……部下のハシゴを私が突然外すようなものです。どうでしょう、彼らの前で、やはり、ちゃんとお付き合いするので異動希望は取り下げる、と言ってくれれば、丸く収まるんですが」


 ……とことん人を食った話だ。

 あほらしい、と呆れつつ、少々怒りも湧いてきた。


 どう返していいか決めかねて、しばし逡巡する。


 条件としては……お見合いだ、結婚だ、よりは相当ハードルが下がっている。

 異動そのものは不当であるし、今預かっている生徒の指導も続けたい……異動を取り消したい気持ちはある。


「……そもそもシャーロットはOKしてるんですか……こんなふざけたお見合いみたいな条件を」

「そっちは心配ない。辰巳が付き合いたいなら、ウェルカムだ、と言っていた」


 ……どうする?条件として、損ではない、とは思えるが、しかし……


 どん、どん


(「待ちなさい。いま教育長とのお話し合いの最中ですから……」)


 どん、どがん、どがん


(「乱暴しないで。ちょっと、落ち着いて」)


 どガん!


 校長室のドアを、思い切り蹴飛ばして開けた者がいた。

 まくれ上がったスカートから、しなやかな脚が伸びている。


 ――円城咲耶。


 彼女は校長室の入り口に仁王立ちして、よく通る声で言った。

「お父さん、そこまでです!」


 すぐ近くから「あああぁ」と情けない声が――鉄治教育長だった。

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