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【書籍化】辰巳センセイの文学教室【ネトコン受賞】  作者: 瀬川雅峰
三章 竹取物語の時間_2019年1月編
62/118

17 今夜も月が綺麗です

2月1日(金) 午後10時


 自宅のドアが開いていた。

 警戒しながら開けると、奥から「おかえりなさい」と声がした。


  ◇


 明かりを落としたままのリビングに、自分の家のような体でシャーロットが座っている。

 もうすぐ新月……細い月だが、冬の澄んだ空にはそれなりに明るい。大きな窓から、青白い光が室内に降り注ぎ、彼女を浮かび上がらせていた。

「辰巳先生、こんばんは」

「何しに来たんです」

 どうやって入ったんです、と聞くのが普通なのだろうが、聞くだけ無駄だ、と思えたので、とりあえず状況を受け入れてみた。

 シャーロットの「アナログ錠は、下手な電子ロックより難しいですね」という不穏なセリフは無視する。


「月が綺麗だったので……少し、おしゃべりにきました」

 悪びれる様子もない。

 なるほど、この女性にとっては、入りたい、と思った場所に入っただけで。そこに自分以外の判断は要らないのだろう。おそらく俺が在宅していたなら、チャイムを鳴らして入ってきたのだろうが……外で待つには寒かった、ということか。


「男の一人暮らしの部屋になんて、入るもんじゃありません」

「なぜです?」

「間違いが起こるかもしれない。あなたはか弱い女性でしょう」

 一応、諫めてみる。

 

「抱きたくなったら、抱いていいんです。だから、問題ありません。私にも、辰巳先生にも」

 そう言って、シャーロットはニットを脱ぎ、身体にぴったり張り付いたシャツ姿になった。身体の線を見せたのは、わざとなのか、暑くなったからなのか。

 

 実際、部屋の中はすっかり暖まっている。

 座る前に二人分のお湯をわかそうと鍋を火にかけた――一人だと、ケトルより便利だ――が、しばらく時間がかかりそうなので、話を始めることにする。

 

「シャーロット、それで、何のお話です」

「辰巳先生に、謝ろうと思って」


  ◇


 インスタントコーヒーを口に運びつつ、シャーロットが話す。

 

「こんな風に、辰巳先生を異動させるまでやるなんて、思いませんでした。鉄おじさんが本気でそこまで考えてるとは……私までそれに利用して……ちょっと怒ってます」

「この前の夜は、うちに入るところまでシナリオ通り、でしたね?」

「……ごめんなさい。おじさんが言い出したことですけど、なんだか……楽しそうだったので」

 シャーロットが、申し訳ない、という顔をしているが、心底反省している様子、ではない。きっと本人の言葉どおり、楽しかったのだろう……。


 あんな深夜に、ばっちりのタイミングで、自室への連れ込みシーンをスクープしていたのだ。鉄治氏が関係していないわけがない。


 「私自身は、補助教員なので……おじさんを止めるほどの権限がありません。おじさん、すごく優しいおじさんなんですけど、咲耶がからむと人が変わるというか……咲耶と仲良くする男は排除、みたいに考えちゃうところがあって……」


「今回の出来事は、全部、咲耶のため……?」


「ついでかも知れませんけど、私を元気づけたいというのも、きっとあったと思います。私、大学出てからいろいろプロジェクトに参加して、お金も儲かりましたけど、何のために研究続けているかわからなくなってて……研究所やめて、アメリカでぶらぶらしてたんです」

 優秀な研究者だった、と鉄治氏も言っていた。


「日本で、咲耶の近くで仕事しない?って鉄おじさんが誘ってくれました。お金はそこそこでも、これまで稼いだ分があるから困らないし。気分転換をさせてくれようとしたのかな。あれで、優しいおじさんなんです」


 鉄治氏の一番の狙いがどこにあったかはわからないが、とりあえず、シャーロットのことをただ利用するつもりだった、というわけでもないらしい。

 

「そのときに鉄おじさん、咲耶が先生との禁じられた恋にはまりかけて困ってるって。暗に、邪魔して欲しい、みたいなことも言ってきて……私も昔、先生が好きでしたから。本気で邪魔しようなんて思いませんでした。応援してあげたいって思ったくらいです」


 応援してあげたい……といいつつ、凄いことをされた気がする。

 

「その割には、私に大胆なことしましたね……」


「うーん。そのあたりは、咲耶と感覚が違うんです……私は、スキンシップに……前向きというか……咲耶には賛成してもらえませんけど。

 お互いがセクシーと思うってことは、深いところで惹かれ合ってるってことで――もしかしたら、心とかよりも深いところで。だったら、あとは抱き合うだけでも素敵って思いませんか。温め合って、心臓の音を聴いて……お互いが生きてるって確かめるんです」


 これも鉄治氏の言う、シャーロットの止まった心のせいなのか……しかしこの一族は、どいつもこいつも……。

 

「なんか、あなたの一族の特徴が見えてきた気がします」

「ん?」

「何事も自分基準で遠慮なしで、欲求に正直」


 シャーロットはくすくすくす、と蠱惑的な目で笑みを漏らし――

「よくできました」と褒めてくれた。

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― 新着の感想 ―
[良い点] シャーロット面白いです。 辰巳先生は「止まった心」と解釈してますけど、なかなかどうして。 心理学的には心の造りはもともと人間共通なんですよね。でも身体というのは、医学的になかなかマッチし…
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