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【書籍化】辰巳センセイの文学教室【ネトコン受賞】  作者: 瀬川雅峰
三章 竹取物語の時間_2019年1月編
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15 忖度の帰結

1月24日(金)


 そろそろ、3年生の登校が終了する。2月上旬からは自由登校となり、3年生は進路準備……つまりは、受験勉強に専念する期間になる。

 推薦やAO――流行のアドミッションオフィス入試……一種の自己推薦制度である――で早期に進路を決めた生徒以外は、おおむね2月いっぱい、国立大学を目指す生徒は3月の卒業式近くまで、本番の勉強モードに入る。


 結局、あれだけ騒ぎになった円城の留学の件は、三ヶ月の留学期間、ということで通ってしまった。なので、円城は3月の終わりまで日本に帰ってこない予定だ。

 

 先日の鉄治氏の件と重ね合わせて考えると、なおのこと、釈然としないものを感じる。だが、いわば公のルールの方が書き換えられてしまったのだ。一人の現場の教員としては、いかんともしがたい。


 今日は、異動について希望を管理職―――校長、教頭から聞き取りされる日だ。


 通常であれば、今年度の異動予定がなかった自分は呼ばれないのだが、急遽、という形で呼び出されている。当然、シャーロットの件を受けての話だ。気が重いが、どういう話になっているのか確かめないわけにもいかない。


  ◇


 授業の終わった、午後3時30分。

 あらかじめ指定されていた時間なので、ノックをして校長室へ入った。

 

 入室して、いきなり驚かされる。

 

 校長、教頭が待っているとは思っていたが、面識のない、いかにも役人然としたもう一人が校長の隣に座っている。その男が、立ち上がって挨拶をしてきた。

「教育委員会からきました、木下です。同席させていただきます」


 校内の異動打ち合わせに、教育委員が同席……あり得ない話だが、もうあり得ない事態に慣れて、麻痺してきた気がする。どうにでもなれだ。


 校長が取りなすように話しだす。

「辰巳先生、いや、ちょっとナイーブな部分のある話なので、委員の方も、君の意向を直接伺いたい、という話なんだよ」


 ◇


 校長に任せると、また言いにくそうにしながら、全方位に気を遣った話を聞かされそうだ。まどろっこしいので、聞きたいことは自分から切り出すことにする。


「……木下さん……とおっしゃいましたが……実のところ、どうなんでしょうか」


 直接自分に訊いてくる、とは思っていなかったのだろう。木下氏が戸惑っている。

「どう……とは」

「条件は……シャーロット先生と結婚するか、転勤を受け入れるか、の二択……なんでしょうか?」

 木下氏は「そこは……まあ……」と言葉を濁した。


「常識で考えたら酷い話ですが、それでも建前で話し合いして、後から横やりを入れられるのは勘弁してほしいので。上が絡むと、そういう行き違いは多いようですし……ここだけのお話で結構です。条件をはっきりお聞きできませんか」


 委員会から来ているとすれば、上の状況を直接わかっているのは木下氏だ。

 だからこそ、単刀直入に聞いた。


 木下氏は、ハンカチを取り出し、軽く汗を拭く動きをする。汗をかいたから、というよりも、ストレスのあるときにするクセのように見える。下を向いたまま「……私がそう明言した、と取られるのは困るのですが」と前置きして、続けた。


「要旨は……まあ、そういうことに、なるかと」


 右手の中に自分のハンカチをもったまま、はぁ、と一つ息をつく。


 上層部からのいちゃもんで動いている話だ。こんな話を正式な通達として伝えたら、訴訟された時点でむこうは確実に負ける。だから、校長たちも、この木下氏も、いわゆる「忖度」で、自主的に気を遣っているだけ、という扱いだ。


 条件が木下氏の言う通りなら、鉄治氏は手を緩めるつもりはない、ということだ……そういうことなら、選択は一つしかない。


「……仕方ありません……とても不本意です。不本意ですが……異動で、結構です」


  ◇


 校長室での話し合いは終わった。

 今日の要諦は、俺の意思を確かめることだったらしい。

 校長室を出ると、木下氏はそそくさと下駄箱の方へ向かった。


 すぐに学校を出て、帰って行ったところを見ると、早々に報告を――上に「忖度」した報告を上げるのだろう。

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