13 なぜに君は帰らない
1月22日(火) 昼12時40分
――円城の帰国まで、残り10日を切った……はずだった。
4時間目の授業を終えて、職員室に入ると、なにやら騒がしい。
「辰巳先生、もう聞きましたか?留学期間の件」
職員室の入り口にいた山脇先生が、話しかけてきた。
「なんですか?」
「留学期間が、3月までになった、というか、3月までだった、というか」
「……え?」
要領が掴めない。
「正直、私も担任として混乱してるんですが、円城の留学期間が、1月……一ヶ月だけじゃなかった、って話になってまして」
「なん……ですか、それは」
立ち話もなんだ。
2学年担任の席まで一緒に移動して、腰を落ち着けた。
「午前の授業中――時差からみて、向こうの夜ですね。先方が留学期間三ヶ月、という内容で今後のスケジュールの連絡を送ってきたんです。で、私や英語科の先生もびっくりして……」
一ヶ月だったはずの留学が……三ヶ月「だった」?普通に考えて、あり得る行き違いには思えない。
「大慌てで先方の学校へ問い合わせを返したんですが、今年から三ヶ月、という話でそもそも間違いない。生徒も優秀で、学習にも全く問題ないから、しっかり預かります、と」
「決定事項、ってことですか」
「ええ、最初からそうだった、と先方は言ってます。あと、この件について決定権があるのが、学校じゃなくて、上……教育委員会が関わってる事業なんで、あまり勝手なことも言いにくくて」
うちの学校と、地球の裏側、ブリストルの学校が姉妹校になったのは、背景に、教育委員会上層部の交流あってのこと、とは聞いていた。だからこそ、生徒にとって恵まれた留学条件になっていると。
ただ、現場で行き違いなどが起きると、上が関わっているだけに柔軟に対応……というわけにはいかなくなる。
「手詰まりなので、校長にお願いして、教育委員会に問い合わせてもらってます」
◇
同日 午後4時45分 会議室
緊急の職員会議が行われている。
議題は、留学期間についてだ。
すでに状況の説明が英語科と、担任の山脇先生からあった。
校長が挙手した。
教育委員会と話した結果について報告するという。
「委員会と話し合いましたが、友好的な関係あっての留学事業であるし、どっちの行き違いか、の追求は後回しでよい、となりました。善後策として、先方の受け入れ体制が三ヶ月を見込んで動いているなら、生徒の身柄があるあちらに合わせて良いのでは、と」
担任の山脇先生が手を挙げて発言する。
「しかし校長先生。それはまたずいぶん乱暴ではないですか。そもそも、円城自身や家庭は問題にしていないんですか」
校長が答えた。
「円城さんの保護者は、他でもない教育長です。教育委員会の認めていることは、今回の場合に限っては、留学生の保護者も認めていることになります」
先生方にも、円城の保護者が教育長、という事実は一部にしか知られていなかったようだ。そこかしこでどよめきが起こった。おそらく……教育長自身から、校長や教頭へ口止めされていたのだろう。
学校という場所は、基本的に保護者のOKを得られれば、本人の意向よりもそちらを優先する傾向がある。法的に決定権のない生徒だけの同意ではできないことも多いが、監督権をもつ親がOKしていることは、法的に問題になりにくいからだ。
留学中の単位や授業の履修については、一般に留学先の学校が送ってきた成績資料を基に、最終的には日本の学校で行う。乱暴に言ってしまえば、とりあえず留学から無事に帰ってきてくれさえすれば、日本の学校で「なんとか」してしまうことは不可能ではない。
そもそも、学年で一番優秀な生徒を送っている建前だ。
留学のせいで成績が下がった……なんていう状況は、関係者全員にとってまずい。裏をばらしてしまえば、円城の成績は最初から保証されているようなものなのだ。
しかし、だからといって、一ヶ月の留学が、行き違いで実は三ヶ月だったなんて……と考えて、思い出した。
――一ヶ月ほどだけ、留守にさせていただきます――
円城自身は、出発前日の時点で、本当に一ヶ月で戻ってくるつもりだった。
一ヶ月でも長い、と円城は感じていて、だから、さっさと戻ってくる、と言った。
もし。
もし、俺がシャーロットとの件で今年度一杯……3月末で異動になったら。
――円城が帰ってきたとき、俺はここにいない。