12 ある日の「竹取物語」授業 三
「5人の求婚者をさんざんな目に遭わせたかぐや姫だが、次は帝……当時は国王でもあった……に見初められ、朝廷への出仕を依頼される。朝廷で働く、ということは、そこで帝に直接声をかけられてお妃に……という流れが暗にあるわけだ。このあたりは教科書でも飛ばされていることが多くて、なじみも薄いと思う。でも、かぐや姫のぶっとんだキャラクターが良く出ていて、面白い」
美しく、多くの男性を破滅させたかぐや姫という存在に、帝は興味を引かれる。まずは部下に様子を見てくるように命じる。
ところが、帝の使いが来た、というのに、かぐや姫は会いもしない。
――帝の召してのたまはむこと、かしこしとも思はず
(帝が私を召すように――妻として処遇する――とおっしゃることも恐れ多いとは思いません。)
「これは、当時の常識からすると、大変なことだ。全権力をもった王の指示なのに、ばっさり断っている。部下も、断られたままでは帰れない。王の命令なんだぞ、と凄むが、かぐや姫はより頑なになってしまう」
――国王の仰せごとをそむかば、はや、殺したまひてよかし
(王の命令に背いた、というなら、さあ、殺してください。)
「実物を見てくるように、と厳命されてきたのに、殺せと言われてはどうしようもない。会えないまま帰り、帝も 『多くの人殺してける心ぞかし』 ――それが、多くの人を殺した強い心なのだねぇ、とかぐや姫の普通ではない性格を理解する」
こうして一度はあきらめようとする帝だが、やはり、あきらめ切れず、他に手はないかと考える。次は、かぐや姫を育てたおじいさん……翁に五位――上級貴族の位――を与えるから、かぐや姫を宮廷に出仕させて欲しい、と要求してくる。
「翁は、浮かれてかぐや姫に出仕してはどうか、と促す。そのときのかぐや姫の返答がこれだ」
――御官冠仕うまつりて、死ぬばかりなり
({おじいさんに}役職をいただけるようにお仕えして、あとは死ぬだけです。)
「とんでもないことをさらっと言う。おじいさんも、かぐや姫の命の方が大切だから無理強いはしないんだが、さすがになぜそこまで頑なに断るの?と訊ねる。」
――あまたの人の心ざしおろかならざりしを、むなしくなしてこそあれ。昨日、今日、帝ののたまはむことにつかむ、人聞きやさし。
(たくさんの、本気の愛情をもってきた人たちの思いをすべて無駄にさせたのです。昨日今日で帝が言ってきたことに従うのは、恥です。)
「最初は、破滅する求婚者たちを笑っていたかぐや姫が、その人たちへの敬意を語って、帝を特別扱いはできない、と言っている。完全な本心かどうかはさておき、こういう考え方をするようになった、というだけでも大進歩だ」
翁は、無理に出仕させれば死ぬ、と言っていることを帝に伝え、同時に『山で見つけた子である』――普通に生まれた人間の子ではない――ことを打ち明ける。人間とは考え方も異なるのです、と。
「その話を聞いても帝はあきらめ切れない。帝も、もうかぐや姫の魔力にやられている、というべきなんだろうな……会ったこともないのに」
竹取物語は、様々な部分が3という数字を基調に作られているが、帝もここで「3回」かぐや姫に挑戦することになる。
今度は狩りのついでに、不意をついて家に立ち寄る。これは成功し、家に上がり込んでかぐや姫に話しかけ、そのまま強引に連れだそうとする。だが、ついにかぐや姫は自身の「存在」を消して「影」――現代ならホログラフィックなどの映像イメージだろう――になって、連れ出せないようにしてしまう。
「実体を消滅させて危害を全て無効化するヒロイン。今どきのゲームなら、物理絶対回避とか技名がつきそうだ」
生徒も「かぐや姫ってそんな強かったのか」、「チート技だろ」と笑っている。
ついに帝も降参。もう無理に連れて行かない、と約束し、最後に姿を見てお別れしたい、と頼む。かぐや姫はそれに応えて、帝の前で実体に戻ってくれる。
「さて、連れ出すことはあきらめた帝だが、宮廷に帰っても、周りの女性ではかぐや姫とレベルが違いすぎて魅力が感じられなくなってしまう。女性と触れあうこともなく、一人で寝起きし、かぐや姫だけに手紙を書く……一歩間違えると、かぐや姫のせいで国が滅びかねないな」
この後、帝とかぐや姫は歌を贈り合って、手紙で心の交流をしていく。
3年ほど交流が続いた頃、かぐや姫は月を見て泣くようになり――いよいよ月へ帰る最後の段へと物語は進んでいく。
◇
「辰巳先生、かぐや姫は心が育ってきた、ということなのでしょうか」
「5人を酷い目にあわせた頃とは、明らかに変わってきてますね。人間らしさが備わって、帝との交流もあって、すっかり恋する女性の雰囲気です。手紙だけですが、帝にとって一番大切な恋人です」
「心を得たから……ちゃんと、恋ができた……」
「あと一息で、かぐや姫の物語も終わりです。最後、来られそうならまた聞きにきてください」
シャーロットは、国語の教科書を片手に微笑んだ。
「ありがとうございます。必ず、聞きにきます」