9 ある日の「竹取物語」授業 二
「さて、周囲の男がみんなおかしくなってしまうかぐや姫だが、あまりに素っ気ないので、多くの男は諦めた。どうしようもなくあきらめの悪い5人が残ったところから、今回は話をしていこう。」
――かかれば、この人々、家に帰りて、物を思ひ、祈りをし、願を立つ。思ひ止むべくもあらず。「さりとも、つひに男あはせざらむやは」と思ひて頼みをかけたり。
「家に帰っては悩んで、思いを断とうと願までかけて、それでもあきらめきれない。最後まで男性と結ばれないなんてあるだろうか?なんて希望的な観測をする。それにすがって、また懲りずにかぐや姫の家のまわりをうろつく」
「うわ」
「きめぇ」
生徒が率直な感想を漏らす。
貴公子たちも散々だ。
「翁は最初 『自分らが産んだ子ではないから思い通りには』 と、結婚の申し込みをスルーしていたのだが、あまりのしつこさにほだされてしまう。翁が、これだけ思っている人たちなのだから、誰かと結婚してあげたらどうか、と言い始める。
そして、かぐや姫は 『翁の言いつけにいつまでも嫌、というのが心苦しくて』 5人にそれぞれミッションを出すことにする。つまり、最初から誰も達成できないミッションを与えることで、翁に対して 『願いに応えようとした姿勢だけ』 見せることにしたんだ……相当だな」
5人の求婚者それぞれと、要求されたミッション――宝物を黒板に書き出す。
①石作の皇子……仏の御石の鉢
②くらもちの皇子……蓬莱の山にある木の枝
③右大臣 阿倍御主人……火鼠の皮衣
④大納言 大伴御幸……龍の頸にある五色の玉
⑤中納言 石上磨足……燕のもつ子安の貝
「どれも伝説の秘宝クラスで、普通に考えて正攻法で手に入りそうなものは一つもない。そもそもかぐや姫は、あきらめさせるために提示したのであって、取ってこられるとはかぐや姫自身も思っていない」
①石作の皇子の、仏の御石の鉢は、即偽物とバレて突っ返された。
③阿倍御主人の、火鼠の皮衣は「本物か確かめましょう」とかぐや姫に火を付けられ、あっけなく燃やされた。
だが、まだこの二人は良い方だ。
④大伴御幸の龍の玉は、取りに行っただけで神罰を招いてしまった。船の上で天変地異に襲われ、龍へ謝ることで辛うじて命だけは助かるが、そのせいで身体はぼろぼろになり、動けなくなってしまう。
逆にあと一歩まで頑張ったのが②くらもちの皇子だった。かぐや姫も「我はこの皇子に負けぬべし」と「敗北」を覚悟させるところまで追い詰めた。
といっても、もちろん正攻法ではない。
「くらもちの皇子は、東の海にある蓬莱山に上るはずだったが、盛大な旅立ちを偽装したあとに、こっそりと戻ってきた。外からは見えない秘密の工房を用意し、一流の職人を閉じ込め、莫大な財力で完璧なクオリティの偽物を作らせた。
しかも、3年かかって偽物が完成すると、たった今帰ったように偽装して登場し、鬼に食われかけた、だの、食料がなくなって貝を拾って生き延びた、だのという架空の冒険談まででっちあげるという見事な詐欺師っぷりを披露する。
もうこの男と結婚させられるんだぁ……とすっかり絶望したかぐや姫。これで結婚相手が決まった、と寝室の準備をせっせとする翁……このおじいさん、誰の味方なのやら、立ち位置が微妙で面白いな」
ところが、もうあきらめるしかない、とかぐや姫が落ち込んでいる――こういう態度を相手に隠そうとしないのもかぐや姫らしい――ところに、報酬がもらえていなかった職人たちが、押しかけてきてしまう。
かぐや姫は偽物だ、とわかったことで大喜びして、職人たちに褒美をあたえ、皇子に枝を突っ返す。
大恥をかかされた皇子は、人目をはばかり、一人で山中に失踪。家来たちが探しても見つからなくなってしまう。あげくに死んだのかも、なんて書かれていて、結末は散々である。
「そして、かぐや姫によって不幸にされた男の決定版が、⑤子安貝を取りにいった石上磨足だ。彼が取りに行った子安の貝は、燕の腹の中にはないが、燕が子を産むときにどこからともなく出現し、人が見ようとすると消えてしまう……いやいや、もうこの時点で、無理だと気付くだろ……というふざけた代物だ。
家来に取らせようとするが、当然上手くいかない。なので麿足は、自分でカゴに乗り、ロープでつり上げてもらって崖に張り付いている燕の巣まで取りにいってしまう。そして、手にそれらしいものを掴んで「やったぞ!」と叫ぶ。ところが家来がカゴを下ろそうとしたとき、操作を失敗して地上に転落。腰の骨を折って動けなくなり、おまけに掴んでいたのも燕の糞だった、とわかって絶望する」
むごい。
そして、この顛末を知られたくない、と思って大けがをしたまま引きこもり、一層衰弱していく。かぐや姫は、彼に、お見舞いの歌を送る。
――年を経て浪立ちよらぬ住の江のまつかひなしと聞くはまことか
(長年うちにお立ち寄りされませんが、もう待つ貝(=甲斐)はないとは本当ですか)
正直、お見舞い、とは言ってるものの、温かみのある歌とは言いにくい。
で、あなた、どうなったの?みたいな歌だ。
これに対する返事が、いじましい。
――かひはかくありけるものを わびはてて死ぬる命をすくひやはせぬ
(こうしてお手紙をいただけたので、かひ(甲斐)はありました。でもあなたの匙で、苦しみ死ぬこの命を掬って(=救って)はいただけないでしょうか)
この返事を書いてすぐ、彼は息絶えてしまう。
「死にそうになりながら、それでも 『あなたから手紙をもらえて嬉しい、あなたに愛で救ってほしい』 ……切実なメッセージを送った彼は、決して悪人ではなかった、と先生は思う。
かぐや姫は 『すこしあはれとおぼしけり』 ――ここに至って、はじめて「少し気の毒」と思う。これだけの男性を不幸に突き落として、やっと少し、人間らしい情が芽生えたのかもしれない」
◇
「辰巳先生、かぐや姫は、たくさんの男性を酷い目にあわせて、やっと心が痛くなったんですね」
「そう読めるところですね。ズルをした男たちの破滅を、それまでは笑っていたかぐや姫だが、自分で宝を取ろうとして事故に遭い、愛の歌を残して死んだ彼は、気の毒、と思った」
「酷いことをたくさんすれば、心が人間らしくなる……怖いお話です」
「でも、本当にこんな女性がいたら、心を手にするころには、罪悪感で壊れてしまうでしょう……」
「ザイ、アク、カン……」
シャーロットは、その言葉を口の中で繰り返した。