7 月が綺麗です
1月12日(土) 午前0時
玄関のドアを開けるのが、えらく億劫だった。
ひどく頭がふらつく。
飛田先生から、しきりに「大丈夫ですか」「一人で、帰れますか」と聞かれた記憶が残っている。
ふらつく頭で、カギを取り出そうとして、ポケットをあさる。
なかなか見つからない。
――ちゃり。
ようやく見つけたカギを左手にもって、ドアノブへ手を伸ばすと、その手首が突然掴まれた。
「辰巳先生、おかえりなさい」
シャーロットがいた。
「手元ふらついてますよ。今、開けてあげますね」
何を言う暇もなく、カギは彼女の手の中に収まっていた。
にこにことした表情を崩さず、カギがかちゃん、と乾いた音で外れる。
ドアをあけて、どうぞ、と促された。
「シャーロット先生……カギを……」
「辰巳先生、ふらっふらですよ。ほら、はやく入って」
にこにこしているが、譲る気はないようだった。
仕方ない。玄関ドアを抜けつつ、シャーロット先生を玄関から外へ閉め出そうとした。
「甘いですね。脇が」
体をかわすと、するりと左の脇に入って、下から肩を貸してくる。
「さ、靴を脱いで。ベッドまで、支えて行ってあげます」
「ま、待って、シャーロット、待って」
「……ノン」
酒が入りすぎて、世界がぐらぐら回っている。
がっしり脇を下から固められて、運ばれていく。
リビングを抜け、寝室へ。
ベッドにごろりと倒された。
「楽に、なりましょうネ」
ワイシャツのボタンを上から二つ、外された。
◇
台所で水音がした。
上体を起こされ、台所からもってきた水入りのカップを持たされる。
「辰巳、飲んで。楽になるから」
目の前に錠剤がある。
「これは?」
「よいざまし、です」
なぜだろう。嘘をつかれる、という不安は感じなかった。
出されたそれを素直に飲み込んで、水をぐいっとあおった。
◇
「ありがとう……」
少し落ち着いて、視界が安定してきたので、とりあえず、礼を言った。
きっと、今は真夜中だ。
「元気になったようですね」
月の青い光に、シャーロットの姿が浮かび上がっている。
白いシャツ。一方向から差す光が、彼女の豊かな起伏を一層強調して見せる。
「……ずいぶん、日本語がお上手です」
「学校ではカタコトにしないと、子どもたちが英語を使わなくなります」
イントネーションも完璧な、優しい日本語が耳に心地よい。
そしてまっすぐにこっちを見つめている青くて深い瞳。
なぜ、これほど完璧にマッチするのだろう……。
「辰巳、月が綺麗です……私は、綺麗ですか?」
「ああ……月も、あなたも、とても綺麗です」
柔らかい笑み……
この笑顔に揺らがない男はいるのだろうか。
「よかった……辰巳はとてもセクシーです。ねぇ。このまま、私を抱いてみませんか」
「……あなたを抱く、理由がありません」
「月が綺麗だから――それで、理由なんて、十分でしょう?」
月光に包まれて彼女と語っていると、夢か現の境目がなくなっていくようだ。
――そうか。それくらいシンプルで、よかったのか。
酒が抜けきらない?俺は何を考えている?
シャーロットは何もいわず、俺のシャツのボタンを全て外した。
彼女の手から身体を遠ざけようとベッドの上で、大きく身体をよじった。スラックスのポケットからスマホがごろん、と落ちたが、彼女は意に介さない。そのまま壁に身体を重ね、押しつけられた。
下着を首元までまくりあげられた。
胸に顔を寄せてくる。
――久しく感じていなかった女性の体温。少し強めの、甘い体臭。
頭がまたクラクラした。
◇
何時だろう。
シャーロットの姿はない。
一人でベッドに寝ていた。
右手の下に、スマホの感触がある。
取り上げて、レジンのアクセサリを見た。透明の樹脂の底には、極小の竜のイラストが敷いてある。樹脂の内部には桃色の花吹雪が無数に舞い、竜を取り巻いていた。
今回の更新で10万字突破!
ということで、一挙に3話更新させていただきました。
今後とも、辰巳センセイを楽しんでいただきますようお願い申し上げます。