6 新年会は挑発的に
1月11日(金) 午後7時
「乾杯!」
一斉に、グラスを掲げた。
学校から、最寄り駅まで徒歩12分。
最寄り駅の裏手、ちょっと目立たないたたずまいの、酒と肴の店「山頭火」
名前のとおり、いい感じに力の抜けたメニューと居心地の良さが売りだ。
職場の飲み会に使っている定番飲み屋である。
◇
「辰巳先生、今年もよろしくお願いします」
もう何回目になるか、飛田先生もカウントしていないだろう。
すっかり上機嫌の飛田先生が、繰り返しグラスを合わせてくる。
「よろしくぅ!」
グラスを合わせたところに、山脇先生も加わって、3人で何度目かのグラスを鳴らせた
「ワタシも、一緒に。よろしくオネガイします。ミナサン、もっと気軽に、シャーロットって呼んでくださいネー」
ガチャン!
飛田先生のとなりにいるのはシャーロット。
さっきから、いい飲みっぷりで、ガンガンジョッキを空けている。
やはり、アルコール分解酵素が遺伝的に強いのか、なんて考える。大量に飲んでいるはずなのに、顔色は白いままだ。ただ、正気を保っているのか、というと、少々怪しくなってきている。
「ヤマワキ先生、タツミ先生はね!ワタシのはずかしーい秘密、知ってるンデスヨー」
酔いのまわったシャーロットは、少々暴走気味だ。初めての飲み会、しかも、彼女から見たら外国人ばかりの中にいて、全く物怖じしない。大したものである。
「なんですかぁ、シャーロット先……シャーロット、辰巳先生だけ知ってるとか、許せないですよぉ。辰巳先生、ただでさえ、モテモテですからねぇ。このイロオトコぉ」
山脇先生が人差し指で、こめかみのあたりをぐーっと小突いてくる。
「ホワァッツ?モテモテ?」
アハハハ、と笑って、シャーロットが山脇先生の耳元に口を近づける。
「あのね、ワタシ、最初の日……お、も、ら、し、したンです」
「えええええ」
山脇先生が、ひどく取り乱してシャーロットの顔を見つめ返す。
「シャーロット先生!なんてことバラすんですか」
飛田先生があたふたして暴走を止めようとする。
シャーロットは、俺の方へ乗り出して顔をちろり、と見つめ……妖艶な笑みを浮かべた。
「辰巳センセ?飛田センセに教えましたねー? コートの下、どうなってたと、思いました?……イマジネーション?」
白磁器のようななめらかな肌に、光をたたえた深く青い瞳。ひどく品のない話題のはずなのに、ぞっとするくらいに蠱惑的だ。
真っ直ぐ、奥まで差し込まれるような視線が正面にある。
思わず息苦しさを感じて、唾を飲み込んだ。
ぱんぱんぱん。
大きく手を叩く音がする。
「シャーロット先生、指導教員として、イエローカードです!そこまで。もう飲んじゃいけません!」
ふふん?
きょろっと目を動かして、笑みを浮かべたシャーロットが、背後の飛田先生の方を見る。
飛田先生が、いけないことをした妹を咎める姉のような風体で、腰に手を当てている。
くすっとシャーロットが笑った。
「どうしてですかー?私の恥ずかしい話、楽しくないですかー?」
「いやー楽しいですよ。もっと聞きたいなぁ」
すぐさま答えたのは山脇先生だが、飛田先生に譲るつもりはないようだった。
「山脇先生も酔いすぎです。こんな若い娘さんが口にしちゃいけない話題です。しらふになったら、きっと気まずい思いするんですから……シャーロット先生、恥ずかしくて学校これなくなったらどうするんですか!」
数瞬の沈黙。
シャーロットが、目を細めた。
「飛田先生は、あー、なんでしたけ。オセカイ?ですねー。それに、他人ギョーギ!」
そのままケラケラと笑う。
「いい加減にしましょうね、シャーロット先生。今日は飲みすぎましたね」
「そんなこと、ないデスよー。まだまだ、いけます。邪魔するのはぁ……あーわかった。辰巳先生取られて、ヤだからデスね?」
「なっなっなっなに、何を」
「でも、飛田先生?私より、生徒に取られる心配したほうがイイ、聞いてますよ」
今度は絡み酒モードか。
「な、何を言ってるんですか。辰巳先生が生徒に手を出すわけ……」
「……そうなんですか?」
シャーロットは、にやーっと笑う。
頭をくるり、と巡らすと、俺に目を合わせた。
「じゃあ、サクヤ……エンジョウさんもちゃんと振ったンデスね?辰巳先生?」
――!
思わず、絶句してしまった。
「当たり前です。辰巳先生はちゃんとしてる人です。生徒に手を出すとか、あり得ません。シャーロット先生、もう本当に、おしまいですよ! これ以上悪ふざけしたら、本当に怒りますからね!」
――遠くに聞こえる飛田先生の声。
助かった、と思った自分がいた。