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【書籍化】辰巳センセイの文学教室【ネトコン受賞】  作者: 瀬川雅峰
一章 舞姫の時間_2018年6月編
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5 先生と生徒? 男と女?

 午後8時過ぎ。

 まだ半分以上の先生方が職員室に残っている。


 結城の意識が戻った、という情報はすでに他の先生方にも回っており、張り詰めていた空気が少し緩んでいる。

 夜食に買っておいたパンをかじったり、コーヒーを飲みつつパソコンに向かったり、机で目を閉じて軽く休憩したり――職員会議に続いて結城の件でバタバタしたため、ちょっとお疲れモードな先生が目立つ。


 俺は書類仕事をする気も起きず、ひさびさに教員用システムのメールボックスを開けた。前回いつ開けたか考えて、ここ半月は放置してたことに気づいて自分で驚く。自宅のPCではありえないことだ。


 今勤務している学校では、直接用件を伝えたり、顔を合わせて打ち合わせる業務が多いだけに、あまりメールは重用されない。

 というか、ただでさえ忙しいのにメールでやりとりしてると返信を待つタイムラグに縛られるし、タイプしている時間も惜しいと感じて、結局口頭で打ち合わせてしまう。


 仕事に使う文書のテンプレートなど、ファイルだけは共有サーバーに置き、口頭で「見といてね」と伝える文化が広まった結果、なんとなくメールを見ない教員が増えた。


 結果、教育庁からの通知くらいしかメールが来ない 

→ 役に立たないメールばかりなので忙しい現場がメールを放置、の「メール見なくていいじゃんスパイラル」が進行した。当然その中には俺も含まれる。


 教育委員会からの「研修のお誘い」(よくこんなの行く暇あるな)だの、「懲戒のお知らせ」(体罰した教師が減俸とか謹慎とか……)だの、緊急性のないメールばかり。


 ざっくざっくと適当に斜め読みしていくなかに妙な通知があった。


 ■セクハラ防止の為、懲戒基準改定について 教育委員会指導部(添付ファイル有)


 わざわざ表計算ソフトで作った一覧表まで添付されている。内容を一言でいえば「教員のセクハラ行為が減らないから、処罰を重くすんぞゴラ」ということだ。


「生徒および保護者との性行為、懲戒免職……ってなんですかこりゃあ」

「あれ、辰巳先生、それ今開いたんですか。二週間くらいまえに来てましたよ」


 隣の席の二年四組担任、社会科の山脇先生だ。一歳上で野球部の顧問。ガッチリした肩、丸い顎のラインが小熊のように見える。器用なキーボードさばきで課題作成を続けている。


「いいたいことはわかるけど、一律で懲戒免職って書かれると、無粋というか、こんな一覧作る教育委員会もよほど暇というか……ねぇ」

「ま、緊張感持たせたいってことなんでしょうね。妙な事件起こす教師もちょこちょこいますから」


 ぶっちゃけるが、元教師と教え子の夫婦というのは、ひっそりと、しかしそれなりの数で実在している。建前としては卒業後に交際が始まって、そのままめでたくカップルになりました……ということに、なっている。


 だが、そこはそれ、じゃないか?


 じゃあ卒業前に、かんっぺきに、純粋に、教師と生徒だったのか?などと聞くのは()()というものだろう。男女の仲がそんなに単純じゃないってことは、いまどき小学生だって知っている。


「辰巳先生も気をつけないと。姫とは、卒業してから交際してくださいね」


 山脇先生がニヤニヤ顔で、ひそひそ言う。姫とは円城の別名だ。

 職員室中に聞こえない声なだけ、創作部の橘よりは配慮があるが、半径三メートル程度には聞こえそうだ。ちょっとドキリとした。

 時にびしっと叱るアラフィフの学年主任、日向先生はとても頼りになるが、こういう話題を聞かれるのはなんか気まずい――――幸い席を外している。


 次に気になるのは、対面に座る2年2組担任の英語科、飛田先生――山脇先生と同い年で、ちょっとふっくらな女の先生だ。

 彼女の眼鏡が、キラリと光ったように見えた。

「……かんべんしてください山脇先生。生徒相手は、さすがにありませんよ」

 苦笑しながら、大きめの声で予防線を張る。

 無粋な表組みをスクロールさせて、一応、下まで読んでおく。


――生徒、保護者の唇への接吻(キス)    懲戒免職(クビ)


 部活での円城を思い出し、ゾクゾクと背筋が寒くなる。

「この規定とか……生徒が知ったら逆に罠にはめられそうな気がするんですけど。大丈夫なんでしょうかね……」


 小さな声で言ってみたが、山脇先生は課題作成に集中してしまったらしく、返事がない。

「辰巳センセ、生徒や保護者へはキスだけでクビになるのに、先生同士は何もないですよ。職員室内で恋愛しなさいってことなんですかねー」

 代わりに、いつもにこやかな飛田先生から斜め上なコメントが返ってきた。

おいおい、こんなバカな通知が教育委員会からくるわけないじゃんwって思います?

――事実は小説なみには奇なり、かもしれません…

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