3 年越しても一人
2019年 1月1日 元旦
新年になった。
何をする、というわけでもない。
特に予定もなかったので、昨夜の大晦日は近所のそば屋へ行った。同じような考えの人間は、それなりにいたようで、店内は活気があった。
温まりたくて、天ぷらそばを頼んだ。
帰りに深夜まで営業しているスーパーに寄って食材とつまみを少し買い込んだ。といっても、入荷がもう少ないのか、ものも少なかったが……帰宅して、一人でテレビを眺めながら、ビールを一缶開けた、ところまでで、記憶が途切れている。
軽く酔って横になっている間に、いつの間にか新年になっていたらしい。
目に前にスマホが転がっている。
飾り気のない透明の耐衝撃カバー。ストラップホールに、100円玉大の円形アクセサリ――透明レジン製で円城からのクリスマスプレゼント――が付いている。
レジンクラフトは昨年の秋頃から創作部の一部で流行った。液状の透明レジンに花や小物などを埋め込んで、硬化させて仕上げる。新しもの好きの橘が流行らせて、文化祭でも少しだが展示、配布した。
スマホの側面のボタンを押して、時計表示を見る。
朝10時過ぎ。
いつになく、静かに感じる。
ここのところ、ずっと賑やかなところにいた――そんな気持ちになる。
気のせいだ。
大学生の頃から一人暮らしをしていた。一人の時間などいくらでも過ごしてる。
いつものようにデスクに座る。PCに向かい、本を開き、コーヒーを淹れ……デスクの上、ノートPCの横に立てた額に目をやった。
昨年9月、文化祭で撮った写真だった……当時の部長の双海をはじめ、円城に結城に尾上……部員15人に加え、差し入れを持ってきてくれた卒業生の福井や五十嵐も写っている。
◇
昼近くになっても、みぞれ混じりの小雨が止まない。
玄関のカギを開けて、外に出た。
冷え切った郵便ポストには、分厚い正月用の新聞と、薄い年賀状の束があった。
両方を手にしてリビングに戻り、テーブルに置いた。
届いた30枚ほどの年賀状をチェックする。昔からやりとりのある親類と、創作部員がほとんどだった。ざっと名字を眺めたところ、ほぼ部員全員分、揃っているように見える。部活動中に住所を教えたとき 「顧問だからといって無理に送らなくていいから」 と言っておいた割には、義理堅い。
差出人、内容をあらためて確認しながら一枚一枚めくっていく中に、円城からの一枚を見つけた。
凝った手描きイラスト――少し着崩した晴れ着の女の子が、挑発的に微笑んでいる――に手書きの文面が添えられていた。
先生、明けましておめでとうございます。
一刻も早く、先生の元へ戻るつもりですので、
どうか、いい子にして、待っていてください。
――晴れ着姿がお見せできなくて、残念です。
留学へ行く前に書いて、投函したのだろう。そのまま、残りの年賀状をチェックする。と、一番下の差出人にまた「円城」とあった。
円城――?
毛筆による手描きだった。
ずいぶんといかめしい筆跡。自在で力強い筆遣いだ。
円城 鉄治
円城――咲耶以外に知り合いがいた覚えはない。
不審に思いながら、毛筆で書かれた文面を読んでみる。
謹賀新年
日頃、大変お世話になっていると、
愚女から伺っております。
辰巳先生におかれましては、
今後とも思慮分別のある御指導を、
教育に携わる一社会人として、
また父親として、切にお願い申し上げます。
教育長 円城鉄治
ただの年賀状のはずなのに、異様な迫力がある。
なんの意図もない社交辞令、とは思えない。
――お前にセクハラする教師がいたら、すぐクビにしてやる
半年前に送られてきた通知と、円城との会話を思い出した。
アラサー男のぼっちな年越し…地味(;´Д`)