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【書籍化】辰巳センセイの文学教室【ネトコン受賞】  作者: 瀬川雅峰
三章 竹取物語の時間_2019年1月編
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2 可愛い姫には旅をさせよ

 双海がアナウンスする。

「次は、創作部2年、現部長、円城咲耶さんの挨拶です。円城さんは、1月から、毎年行われているバージニア州ブリストルへの特別留学生に選抜されました。約1ヶ月間、姉妹校であるオールドブリストル校に滞在、交流を行います」


 今日のクリスマスパーティーは、ウェンディ先生の送別と、円城の壮行を兼ねていた。


 毎年、2年生から1人、米国バージニアにある姉妹校への留学が行われている。明文化した基準はないものの、慣例として、成績が優秀で品行方正な生徒、を条件に代表が選ばれてきた。


 品行方正――かどうかは異論もあるだろうが、成績が優秀なことに関しては、円城は間違いなくナンバーワンである。


 拍手を受けて、円城が前に出た。

 今ひとつ、晴れやかな顔をしていない。

「みなさん、わざわざ壮行していただいてありがとうございます。代表として恥ずかしくない留学をしてきます……それで、あの……」


 円城がこうした場面でつっかえるのは珍しい。


「……代表の席は辞退するつもり、と申し上げてきましたのに、今回どうしても断れない理由ができてしまいました……前言を翻して申し訳ありません」


 言われてみれば、と思った。

 

 秋頃、部活動中に留学のことが話題になった際も、円城は選ばれても辞退するつもりだ、と話していた。どうしても断れない理由って、なんだ?


「一ヶ月ほどだけ、留守にさせていただきます。さっさと戻ってきますので、みなさま……辰巳先生のこと、よろしくお願いします。ちゃんと見張っててください」


 何人か飲み物を噴いた。

 俺もである。


 おいおいおいおい。

 大部分が創作部員だから冗談も通じるが……冷や汗ものである。


 円城はペコリ、と慌ててお辞儀をした。顔が真っ赤だ。

 微妙な拍手……拍手していいのかな、これ……につつまれる。

 俺と目が合うと、円城は両手で顔を覆って後ろを向いてしまった。


   ◇


 挨拶がおわって、人々がまた歓談に戻った頃合い。


 円城が遠目にも壁の花になっている。

 どうしたのだろう。心ここにあらず、と見える。ミニケーキを見つめながら、フォークでつつく。何か、考え事があってまわりが見えていない、という風情だ。

 隣には、結城琴美がつきそっている。


 二人に声をかけた。

「こんにちは」

「……センセイ。来ていただいて、ありがとうございます」

 円城が顔はこちらにむけながら、しかし微妙に目線を逸らしながら挨拶した。結城は空気を読んでか、黙って円城を見守っている。

「あんな落ち着かない挨拶は珍しいな。どうかしたか?」


 円城が黙る。

 一拍ちょっと、考えてから口を開いた。

「先生、しばらく、お会いできなくなります」

「ああ。学校を代表する留学生、だもんな。気を付けていっておいで」

「……すぐ帰ってきますから。ちゃんとおとなしくしていてくださいね」


 いつもの円城なら、辰巳先生が私の留守に悪いことなんてするわけない、くらいのスタンスで笑顔になるところだろうに……どうした?


「ねぇ……辰巳先生、そもそもあなたの正式な恋人だっけ?」

 結城が笑顔で横から割り込んきた。

 ここでいつもなら――なによ琴美、油臭いのは美術室に戻ってなさいよ――などと始まるところなのだが。

「……」

 今日の円城は、そのまま訴えるような目をして、黙っている。


「あーもー……しょうがないなあ」

 結城も、言葉はあっけらかんとしているものの、円城に向ける視線が思慮深い。

「いない間は、おとなしく、してるわよ……一応、フェアに、ね」

「……ありがとう」


「調子狂うなぁ。一ヶ月で、そんな不安になる?ちゃんとお守り……じゃなくてアクセサリーだっけ?忘れずにね」

 言いながら、結城が背を向けて、すっと離れた。

 円城を俺と二人にしてあげよう、という配慮らしい。


  ◇


「……変な挨拶して、すみません。少し怖いんです。遠くへ行くのが」


 円城は詳しい事情を話してはくれなかったが、何か含むところがあるようだ

 出発は、もう明日に迫っている。

 帰国予定日は、1月末日と聞いていた。


「一ヶ月だろ。すぐ戻ってくるさ」

「先生、あの……」

「ん?」

「携帯の番号か……SNSのID、いただけませんか」


 生徒との連絡先交換が禁止されているわけではない。だが、望ましくない、できるだけ避けるように、というのが現状の教育委員会のスタンスだ。俺個人としては、在学中はできるだけ連絡先を直接やりとりしないようにしている。

 今年は「年賀状を送りたい」という声がいくつか上がったので、住所だけ、こっそり部員には教えたが。


「……たった一ヶ月だろ。円城だけとやりとりするのも先生としては、な。すぐまた会えるから、あんまり心配すんな」


 頭の上を、軽く、ぽん、とたたく。

 円城は、顔を上げて、にっこり微笑んだ――少し、強張った笑顔。

 

「……そうですね。クリスマスですし、元気出さないと、ですね。これ、メリークリスマスです」


 円城が小さな紙袋を差し出した。

 さきほど結城の言ってたアクセサリーだろうか。


「……わざわざありがとう」


 生徒間ではプレゼント交換をする、と聞いていたが、それに参加するつもりはなかったので、こっちは手ぶらである。円城から一方的にもらってしまった。

 

「センセイ……いってきますね」

「メリークリスマス……心配しないで、いっておいで」


 そう口に出したとき、なぜか……彼女が本当に遠くへ行ってしまう気がした。

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