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【書籍化】辰巳センセイの文学教室【ネトコン受賞】  作者: 瀬川雅峰
三章 竹取物語の時間_2019年1月編
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1 クリスマスは別れの宴

2018年12月25日(火) 二学期 終業直後


 学校へくる生徒もめっきり減る。間もなく年の瀬だ。


 年末に休みをとるためにも、年内にいろいろな書類仕事や、残務を片付けたい……先生方にとって、そんな位置づけの日。

 生徒はあまりたくさん学校に来ていないが、先生方はほぼ全員そろっている。とはいえ、バタバタした空気はなく、それぞれにまったりと仕事をこなしている。


 「ようやく、2学期が終わりましたねぇ」


 挨拶がわりにそんな言葉がしみじみ飛び交う。

 言外に――本当に、お疲れ様――そんないたわりの気持ちがこもる。

 

 基本的に、静かな職員室なのだが、ここのところ、校長が少々やかましい。

 主に、俺の席周辺で。


「辰巳くん、ちょっと写真だけでも、見てもらえんかね」

 白くて大きな台紙――間に見合い写真が挟まっている――をもった校長が話しかけてくる。写真だけでも、という割にはずいぶん、ぐいぐい迫ってくる。


「いや、校長、すみません。まだ、結婚するつもりはありませんので」

「その言い方なら、相手がいるわけでもないのだろ? じゃあ、見てもらって、気に入ったら会ってみる、でいいじゃないか」


 隣の席の山脇先生が、にんまりとした目でこっちを見ている。

――先生には、姫がいますものね

 目がそう語っている。


 誤解させる言い方だった。

「いや、校長、結婚するつもり、本当にないんです。このままずっと独身で……」

 校長のみならず、山脇先生も、なぬ?という顔をする。


「辰巳君、いつまでも若くないんだよ? もう来年には三十路だろう。校長会で、知り合いの方から是非に、と預かってきた娘さんの写真なんだ。見るだけでも見てくれよ」

「すみません……本当に、そのつもりはなくて」

「校長……すでに30ですが、私でよかったらどうですか」

 助け船なのか、純粋に興味があるのか……山脇先生が口を挟んできた。


 この隙に、とばかり「すみません、部活指導に行ってきます」と言いつつ、席を立って職員室のドアを開けた。


 ――「いやー山脇くん、すまんが、先方さんから辰巳先生直々にご指名なんだよ。悪いねぇ」

 背中に、校長の声が聞こえている。


   ◇


 3階への階段を上り、第二特別教室へ向かう。

 今日は、いつもより多くの生徒が集まっているはずだ。


 ドアを開けた。

 創作部の部員に加え、20人ほどの生徒が集まっている。

 今日は、顧問の許可をとって、クリスマスパーティーをしていた。


 いつもの部員、15人と比較すると、40人近い生徒が入っているだけに、教室はなかなかの人口密度になっている。机は、大部分を教室外に運び出し、一部は寄せて飲み物、お菓子の置き場所だ。


 クリスマスパーティー以外に、このパーティには別のお題目もある。なので、顧問としてケーキ代を出資した。部員および参加者は、ごく簡単なプレゼントを持ち寄っている。あとで交換会をすると聞いた。


 一人分に分けられたミニケーキを紙皿に乗せたものと、ウーロン茶の入ったコップ。余裕をもって買ってあるので、数には余裕がある。それらを手に、生徒は思い思いの場所で談笑している。


 「先生、お久しぶりです」


 旧部長の双海(ふたみ)が声をかけてくれた。入り口近くで来客の確認をしている。

 3年生は受験に向けて追い込みの時期だが、今日は仕切りに来てくれた。

 

 「ずいぶん久しぶりだね。アルバム用の写真撮影以来だったかな」

 卒業アルバム用に、各部活の集合写真を撮ったのが11月のこと。そのときも、久しぶり、と声をかけあったから、なんだかデジャヴのようだ。

 9月の文化祭で、文化部も基本的には引退、そこからは進路――受験準備に集中、という流れになる。


 傍らには、尾上たち部員の姿も見える。

 双海からウーロン茶の入ったコップを渡された。礼を言って受け取って、教室の前を見る。


 ちょうど挨拶が始まるところらしい。


 挨拶の一人目は、ウェンディ先生だった。

 30代半ばのアフリカ系アメリカン、ウェンディ先生は、引き締まった身体付きの英語指導補助教員だ。一年ごとの更新契約で、英語の先生とタッグを組み、生徒に英語を教えてくれていた。

 英語指導補助教員――公の制度だけに労働条件はしっかり整備されているし、教育現場での生きた経験を積むことができるとあって、日本人気の高まっている海外ではそれなりに人気が高いと聞く。


 ネイティブスピーカーとの会話経験が少ないことが、実用性のない英語教育にしている、と批判を受けて整備された制度だ。各地の公立高校で、今はこうしてネイティブスピーカーが英語の授業に参加してくれるようになった。


「みなさーん!」

ウェンディ先生の大きくて、よく通る声。

「一緒に、英語を勉強できて、とても楽しい時間を過ごサセテもらいまシた。3月までいられなくて、ごめんなさい。またどこかでアイマショーね」

 小さくカールした黒髪と、真っ黒な肌。ニッコリ笑うと、白い歯がこぼれる。


――退職理由は一身上の……噂では、ご家庭の事情、と聞いた。

 12月末で帰国することになったので、急遽ここでプチ送別会が開かれている、というわけだ。ウェンディ先生は日本の漫画好きだったこともあって、創作部にはちょくちょく顔を出してくれた。部員達もほどよく馴染んで、よくおしゃべりをしていた。

 突然の帰国、ということで離任式などができなかった彼女の送別会をやりたい、と言い出したのも元部長の双海だった。


 生徒たちから先生へ感謝の言葉と、小さな花束が贈られる。

 4月からの短い期間だったが、ウェンディ先生はうっすらと涙を浮かべ、花束を渡した生徒と握手を交わした。


 さて、今日のパーティーの主賓(しゅひん)は、もう一人。

 

 円城咲耶――次の挨拶は、彼女だ。

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