23 補講 姫と二人とセンセイ
7月7日(金) 七夕
「先生、俺がもってた本、栞が挟まってたの、覚えてます?」
福井の手に、紙のしおり。
少し、厚みがある。
よく見ると、一枚の紙を包むように別の紙が覆っている。
この外側の覆いは、あとから着けたものだ。
福井は中の一回り細身の栞を取り出し、ぺらりと裏を向けた。
――合格、お祈りしています。
高校が決まったら、ぜひ、お祝いをさせていただけませんか。
中学時代の福井と尾上は、お互いが借りたり、読んだりしている本を意識して、その後で読んでみたりしていた……直接名乗ることも、声をかけることもない関係でも、尾上が渡したかったメッセージは、ちゃんと福井の手に渡っていた。
現在の尾上は、福井の隣で照れている――すっかり笑顔が柔らかくなった。
今日は、創作部員二人の活動場所を見に来た。
彼らの出会った場所――地元の図書館である。
傍らには、円城もいる。
「おまえ、いつも二人について歩いてるのか。邪魔じゃないか、それ」
「……今日は、先生が来るって聞いたから、こっちに来ただけです。私だって、それくらい考えてます」
隣に近づいて、少し声を落とす。
「……あれから危ないことはしてないな?」
「……もう、しません。沢山の人に恨まれるのはほんとに怖かったです……だから」
だから?
「今回の件を、私なりに落ち着かせようと思って、書き込みました」
円城が、スマホでSNSを見せた。
@sakuya
> 皆様、たくさん嫌な思いをさせて、本当にすみませんでした。
> デートしてくださった先輩方を、侮辱したようになってしまったのも、
> ひとえに私の考えが足りなかったのが原因です。
> 今後、先輩や同級生とはお付き合いせず、
> この度のような迷惑を二度とおかけしないと約束します。
――出家でもするのか? ずいぶんな覚悟だ。
> 本日からは、辰巳祐司先生ひとりと、真剣にお付き合いしていきます。
> 2017 7/7 sakuya
……は?
「……これは?」
「文のとおりです……私は先生にひっついてる変な子になります。なので、きっと男女どちらからも、興味を無くされていくと思います」
「……にしても、なんで俺の名前を」
「だって先生、私を本気で、心配してくれましたよね」
「……ああ」
「頼れ、とも言ってくださいました」
「教師としてな」
「私、まだまだ危なっかしい、と思いませんか?」
「……それは、思う」
大人と子どもの部分があまりにアンバランスだ。
「だったら、もう危ないことをしないように、ちゃんと、そばで見ていてください……そうしないと、また大変なことをしてしまうかもしれません」
「……卒業までなら」
円城の顔が近づく。息がかかるほどに。
彼女の瞳は、こちらの表情を漏らさず拾おうとするかのように、正面にひたと据えられている……虎に正面から睨まれた狐はこんな気分だろうか。
「私は先生から、卒業するつもりはありません……先生は、そう思ってくださらないんですか?」
――潤んだ目で見るんじゃない。
「教師と生徒の恋愛は、許されてないぞ?」
やりとりを眺めていた福井が、にこにこと割り込んできた。
「そうでもないですよ。うちの両親、もと先生と教え子ですし。母が先生で、父が教え子ですけど……」
――うち、両親ともに公務員で帰り遅いし――
「母は、卒業後だったら、なんとでもなる、って言ってました」
福井が円城に目配せして、にっこり笑った。
俺のすぐ横で、円城がくふっと笑って、
ほんの一瞬、頬にふわっと何かが――
――センセイ、もう、私のものです。
羅生門の時間 了
『羅生門の時間』
これにて全編の終了です。
ここまでお読みいただき、本当にありがとうございました。
思えば1章は、数年前から構想を練り、何割かは草稿も書いていた状態でした。
それを磨いて、組み立てながら、結末を書くことでおおむね形になりました。
でも2章は構想も舞姫編を連載してから錬り始めました。
連載を始めてからもプロットを組み直したり、執筆に詰まって書き直したり…
連載がちゃんと続くのか、10話を掲載した頃まではずっとひやひやでした。
それでも、書き終えた今では、
心から自信をもって「読んでください」と言える物語になりました。
1章ほど計算をやり切ったとは言えませんが、
尾上さんや、福井くん、そしてなんといっても円城さんについては、
舞姫編を上回るエネルギーで、全力を出して書き切ることができました。
彼らにわずかでも魅力を感じていただけたなら、作者としてとても嬉しく思います。
ここまで書き切れたのも、感想や割烹へコメントをくださった方、
ポイントやブクマでの応援で元気をいただけたからこそです。
あらためて、ありがとうございました。
(評価やブクマがまだ、という方はぜひ!★1でもありがたいです)
さて、今後ですが、
『3章 竹取物語の時間』を掲載したい、と思いつつ、
実はまだお見せできるクオリティになっていない、というのが実情です。
しっかり形になってから公開したいと思ってますので、
しばらく時間をいただければと思います。
それでは、また3章でお会いできますよう。
(2019年5月15日)