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【書籍化】辰巳センセイの文学教室【ネトコン受賞】  作者: 瀬川雅峰
二章 羅生門の時間_2017年4月編
41/118

19 発火点

6月26日(月)放課後 生徒指導室

 

 目の前の椅子に、円城が座っている。

 

 等間隔で並べた3枚のデート写真。

 ――制服を着た一枚目のデート写真は、バスケ部の福井真吾と。

 ――私服で遊園地の二枚目は、軽音部の横山卓也と。

 ――縁日で撮った三枚目は、サッカー部の(はら)大樹(だいき)と。


「このデートの写真、3枚とも、君の写真であってるかな」


「……はい」


 核心は、ここからだ。

 他の先生の目のないところで話をするために、今日を待ってこの場を作った。


「この写真は、君の指示で、福井真吾が撮った。そうだね?」


 円城は一回、ゆっくりと目を閉じ、開いた。

 長いまばたきのようにも見えた。


「……私が、先輩に写真を撮ってネットに流すようお願いしました。なので、全ての責任は私にあります」


「君が何を考えて、こうしたのかは、ある程度わかってるつもりだ。でも、それでもここまでやる必要があったのか、俺にはどうもわからない」


 円城の瞳は、落ち着いた色をしている。その色は、おそらく哀しみだ。


「先生は、廊下を歩いていて、すれ違った子たちの笑顔が怖くなったことがありますか」

「……どういうこと?」

「……自分を噂してるんじゃないか。汚い、とか。可哀想、とか。ひそひそ噂されて、そのうち、すれ違う子がみんなそんな噂してるように見えてくる……そういう経験、したことありますか?」


 幸運にも――ない。


「千絵は、そうやって苦しんだんです。優しかった千絵が、すっかり思い詰めて、暗い顔で怯えるようになりました。私にも頼ってくれなかった。千絵は、私を助けてくれたのに……」


「尾上が、君を助けた……」

「先生、私は何も見なくても、入学式で挨拶できるくらい、凄い子だと思ってました?」

 円城が、口の端で小さく笑った。


 ――思っていた。

 でも、違ったのだ。

 この子は、()()()()()()()()子だ。


「入学式前、私たち、教室でずっと入場まで待たされてました。挨拶するの緊張するーって後ろの千絵に言ったら、ここで、二人でこっそり練習しようよって言ってくれたんです。スマホの文面を千絵が見て、私をテストしたり……何度かやって、すっかり文が頭にはいって 『これなら、紙なくてもいけるね』 なんて話して」


 円城は微笑んだ。

「まさか本当に印刷してない、なんて思いませんでしたけど……千絵との練習思い出したら、壇上で笑っちゃって……あの練習がなかったら、どうなってたか……」


 小さな恩で始まった、友人関係。

 

「部活紹介で福井先輩を見つけて、千絵は本当に奇跡だ、お願いが叶ったって、大喜びしたんです。千絵、私には家庭であった事情も話してくれました。でも、先輩との再会は怖がってて。大丈夫だからバスケ部いこう、って励まして。やっと千絵もその気になって……」


 円城は、腰が引けてしまう尾上の手をとって、バスケ部の扉を押した。彼女がマネージャーになるのを見てからも、自分の部活選びはほったらかして、尾上の様子を見守っていた。


「入部したての頃、千絵は本当に楽しそうでした。福井先輩のそばで、話せる、笑える……それは本当に彼女が願ってたことでしたから……」


 でも、そんな時間は長く続かなかった。


「千絵が福井先輩と親しくなった途端、まわりからイヤなものがにじみ出したみたいでした」

 マネージャーの菊池をはじめ、何人もの女子が嫉妬をした。


「気持ち悪い、って思いました。いろんな人がコソコソとネットに書き込んだり、噂が流されたり……千絵が追い詰められるまで、あっという間でした。人が幸せになるって、そんなに妬ましいですか」


――多寡の差こそあれ、妬ましかったのだ。だから、悪意を隠しながらも、どこかで千絵が(つまづ)くことを期待して行動した。傍観者の利己主義、だ。


「それだけ、千絵に過去は堪えられない、忘れたいものだったんです。他人が踏み込んじゃいけない傷だったんです。それを無神経に踏み荒らした人たちに、責任がないと、先生は思いますか?」


「……もちろん、思わない」


「もういい咲耶、ほっといてって。咲耶にはわかんないって。私は、隠さなきゃいけない傷がいっぱいあって、綺麗じゃないから――そう言われました。そう言って泣く千絵に、私は何もできなかった」


 円城の顔は真っ青だ。

 彼女はきっと人一倍、優しい――感受性が強い。

 だから、気遣ってくれる友人を()()()()()()()()()()()()()()()まで感じてしまう。


「おかしいです」

 円城の言葉がうわずってくる。


「おかしいです。千絵、なにも悪くないです。どうして千絵が苦しまなきゃいけないんですか?あんなに優しい福井先輩が苦しまなきゃいけないんですか?先生、ちゃんとした答えを……教えてください」

 円城の顔がゆがんだ。


「それがわかったら……先生も、もっと上手く、指導できたと思う」

 この子に、小細工はしたくない。

「……力不足で、すまなかった」


――そして、円城は復讐を始めた。

 尾上を傷付け、追い詰めたもの……周りの悪意に。

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