16 小さな白い騎士
6月16日(金) 放課後
「先生、やっぱり、俺、尾上のこと、ほっとけないです」
福井が、直々に話したい、と言ってきた。先週の宿題の結論が出た、と。
「きっと、そう言いに来る、と思ってたよ」
「……そうですか」
「ずっと……2年間、待ったんだよな?……尾上を」
福井の目が、大きく見開いた。
「……気付いてたんですか」
「先週、君から話を聞いたとき、腑に落ちたよ。君が4月にもっていた本、あれは学校の図書室じゃない。尾上と会っていた図書館で借りたものだろう。そう思ってちょっと問い合わせてみたんだ。そしたら、君と尾上の地元近くに、あの管理シールを使ってる図書館があった」
中学は違ったが、福井と尾上の家は徒歩10分少々しか離れていない。どちらからも近い図書館は、すぐに絞れた。
「また、尾上が来るかもって、思ったから君はそこを離れなかったんだろ? 高校生になった今、通学路で考えたらあの図書館は反対だ。でも、君には通いやすさより、大切な理由があった。――尾上が来るかも知れない図書館、という大切な理由が」
「……いや、あの、先生、恥ずかしいです」
福井が照れる。机の上に延びて、頭を抱えている。
「ついでに、部活紹介で、君は1年に尾上が入学してきたのを知った。だから、本好きを集めてた文芸同好会にも繋がりをもっておこうと考えた……違うか?」
……尾上と接点を作りたい、その可能性を少しでも上げたい、という不純な動機で。
「……ほんとにすみません」
あっさり認めやがった。
「ま、気になる女の子がいて、部活選ぶ、なんてよくあることだ。怒っちゃいないよ」
照れてはいても、否定はしない。
ようやく、自分の中の優先順位がはっきりしたのだろう。
◇
「俺、中学生の頃から、尾上が暴力を受けてるって、本当は気付いてたんです」
意を決して、という感じで福井が打ち明けた。
「いつも長袖ばかり着てるし、首とか隠そうとしてるし……そうしてるうちに、服で隠れたところに、あざとかあるのに気付いて」
福井は、だからこそ、軽々しく話しかけられなかった、のだという。
「直接聞くなんてできませんでした。恐かったし、それで、尾上に何ができるのかもわからなかったし。でも、俺にできることないのかってずっと考えるようになって……高校受かったら、ちゃんと話せるようになろう、そう思って勉強してました」
白い騎士になろうとした少年。
「だから、あいつが酷い目に遭ってたってこと、別に、俺は驚かなかった。今いきなり知ったことじゃないです。
それを噂にした連中が、俺へのあてつけでやってたってことも、わかってました。……でも、尾上が部活からいなくなったのは、俺がちゃんと態度を決めなかったせいでもあるって思ったら、怒りとか、後悔とか……いろいろ出てきて、どうしていいか、わかんなくなっちゃって……」
「君は今も、尾上さんのそばに、いたいか?」
「はい」
きっぱりとした返事がすぐに返ってきた。
「気持ちは、変わってないです。だから、尾上に、ちゃんと話したい。部活に無理に戻れとは言いません。俺と……」
――ここからは聞くだけ野暮だ。
「そこから先は、尾上に……自分で話したらいい。ただ、尾上は――彼女が先生に言ったことを、今回だけ、あえて教える――これ以上騒がれて、君に噂が伝わるのが嫌で君から離れた。それをわかった上で、気持ちをちゃんと伝えたらいい」
「……はい」
2年前より、きっとずいぶん大人っぽい顔になっている。
福井が席を立ってドアに向かう。引き戸に手をかけたところで、振り向きながら言った。
「俺、今度こそ、ちゃんと尾上の力になりたいんです。やっぱり、先生にちゃんと話しにきて良かったです。ありがとうございました」
「……やっぱり?」
「……先生ならちゃんと話を聞いてくれるってアドバイスしてくれた子がいたんで」
――?
「尾上の友達で、後輩なんですけど。すごく頭が良くて、尾上のことでもいろいろ相談に乗ってもらってたんです」
――思い当たるのは、一人しかいない。
「その子、俺が尾上とちゃんと話せるように、力になりたいって言ってくれて」
――あいつ、ずいぶん面倒見がいいんだな……くらいに思っていた俺は、まだまだ甘かった。