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【書籍化】辰巳センセイの文学教室【ネトコン受賞】  作者: 瀬川雅峰
二章 羅生門の時間_2017年4月編
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15 体育祭 姫の出陣

午後の目玉種目。

男子は棒倒し。そして女子の騎馬戦。


これらの種目は、学年混成チームで戦う。

 棒倒しでは各チーム男子50人が、騎馬戦では、4人で作る騎馬が15騎ずつ参戦するので、紅白それぞれから女子60人同士がぶつかり合うスケールになる。


 生徒指導部の先生方、体育科をはじめとした体力のある先生、そして学年の生徒指導担当――俺も含まれる、など、多くの先生がトラック内に待機する。

 どうしてもヒートアップしやすいし、けが人も出やすい。いざというときにすぐ競技をやめさせたり、危険な姿勢から助けるのが目的だ。


 まずは男子の棒倒し。数日に渡って防御の組み方を両チームに徹底指導した甲斐あって、壮絶な戦いにも関わらず、見事に両チームとも守り切った。

 恨みっこなしの 「引き分け」 ――体育科教員の狙い通りである。


 続いて、女子の騎馬戦。


 15騎の騎馬が、ずらりと並び、お互いににらみ合っている。

 紅組は中心5騎が3年、右翼が2年、左翼が1年。白組は、左右について紅組の逆の並びにしてある。同学年同士が正面で当たった方が、トラブルが発生しにくいためだ。先輩と後輩が当たると、そのあとにいざこざを――特に女子は禍根を残しやすい。


 俺の待機している場所のすぐ隣。

 紅組、左翼5騎の真ん中の騎馬。その上に円城が乗っていた。

背筋を伸ばして胸を張り、相手騎馬を見据えている。


 そういえば、今日は尾上は休んでいると聞いた。事前にクラスから提出されていた選手表では、尾上も騎馬戦に出場する予定だったから、支え役は代理が入っているのだろう。

 ――3年生と直接関わる場面の多い、体育祭はやはり辛かったか。

 

 競技開始の、ピストルが鳴った。


「真っ直ぐに騎馬の間を突破、左後方から回り込みます」

……よく通る、円城の声が上から降ってきた。

「了解」

 騎馬の支え役。正面に位置した色白の、小柄な生徒が返事を返す。答えるが早いか、素早いフットワークで動き出し、残り二人を引き連れるように速度を上げていく。ずいぶん円城と息が合っているように見える。

 円城の騎馬は、競技開始後すぐ、迷い無く敵騎馬の隙間を狙ってつっこんでいく。

 敵騎馬の背後に出た、と思うとすぐさま右回りに方向転換。


 狙いはトラック中央、白組の3年騎馬だった。

 3年騎馬は、多くが正面の敵騎馬とぶつかり、3年同士でつかみ合いを始めている。

 その敵の斜め後方から、猛スピードでつっこむ。


 円城の騎馬の接近に気付く間もなく、白い帽子が一つ、すっぱり取られて空を舞った。

 とられた3年女子が、後ろを振り向いて驚いている。

 後ろから不意打ちで襲ってくる1年生がいる、などとは考えていなかったのだろう。

 くやしまぎれに、円城に向かって何か言っているのが見える。


 が、注目すべきは円城の態度だった。

 騎馬の上から見下ろし、興味ない、といわんばかりに不敵な顔で次の獲物を探す。

 その顔は美しく、有無を言わせない迫力をもっていた。


 とんでもなく無礼でむかつく――美しい1年生の騎馬。

「かこめ」

「つぶせ」

 白組女子の3年生からドスの効いた声が飛び交っている。女子同士だと、絶対に男子には聞かせない声を使いだすところが、いかにも女子だ、と思う。


 3年騎馬が円城の騎馬を囲む。

 騎上の円城が大きな声で、支える3人に指示をした。支え役の子達も、3年生相手のプレッシャーをものともせず、敵騎馬を盾にして、一騎ずつ相手にできる位置へ素早く移動していく。


 騎上で円城が右手を前に出し、一番手前の3年騎馬をむかえ撃つ姿勢になった。


 普通の女子は、手を前に伸ばし、手のひらを下にして掴みかかるように構える。

 お互いに手を伸ばしたまま帽子をつかもうとするので、腕と腕の掴み合いになってしまう。結果、勝負がつかずに膠着することが多い――教員としては、そうなってくれるとほっとする部分もある。


 円城の構えは少し違う。

 手のひらを下ではなく横に向け、手首は少しだけ内側に巻いている。左手は、前に伸ばさずに脇に構えている。

 最も近い位置の3年騎馬から、つかみかかるように右手が伸びた。


 円城は伸びてきた腕を右手の平で擦るようにはたいて外側にずらしつつ、二の腕に手のひらを添えて自分の左胸方向に引き込んだ。掴みかかろうと前に体重を乗せていた3年生は一瞬でバランスを崩し、上体が前にのめる。

 瞬間、円城の左手がカウンターになって外側からなぐように帽子を飛ばす。

 帽子を弾いているので暴力行為ではない。が、3年騎馬がすれ違いざまに崩れ、円城が手刀一閃で相手を斬り伏せたように見えた。


――合気道の応用か。


 円城のやっていることは、初心者の女の子を相手にするにはえげつない。体育祭でやるべきプレイではないが、そもそもつかみ合いを認めている騎馬戦で、相手の力を使ってバランスを崩させても反則とは言えない。


 円城は倒した騎馬にすぐ興味をなくす。

 倒した騎馬を回り込んで前に出る。


 すぐさま3騎目へ突撃。

 あまりに鮮やかな戦いぶりを見せつけられ、上に乗る子はどう対応していいかわからなくなった様子だった。


 動きの止まった彼女の帽子は、円城の突撃、右手の一閃で宙に舞った。


――「次!」


 円城が首を巡らせて、バスケ部マネージャー、菊池が乗った騎馬を捉えた。


  ◇


 騎馬戦は、紅組の圧倒的な勝利で終了した。

 特に、1年生でありながら、3年生騎馬を4騎倒した円城の騎馬は、目立ちに目立った。


 3年生の女子たちは、倒された子たちだけでなく、応援席の子たちも「生意気だ」「反則じゃないか」などぶつぶつ文句を言っている。3年男子たちも口々に円城のことを話題にしているが、こちらは素直に強さに感じ入っている連中が多いようだ。


 道具を一緒に片付けながら、日向先生に話しかけた。

「言っちゃいけないんでしょうが、円城、痛快でしたね……でも、これからが思いやられます」

「……だね。3年女子からの睨まれようも凄いし、ちょっと心配だ」


 これで、体育祭は最終種目の紅白対抗リレーと、閉会式を残すのみだ。

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