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【書籍化】辰巳センセイの文学教室【ネトコン受賞】  作者: 瀬川雅峰
二章 羅生門の時間_2017年4月編
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11 お昼休みはひとりで

6月7日(水) 体育祭 前々日


 昼休みに3階へのぼった。

 最近、こうして生徒の昼食の様子をあまり見られなかったな、と思う。

 テスト関連の業務、特に採点やらが忙しかったことに加え、例のネットの問題もあり、何かと時間をとられた。


 自分のクラスをのぞく。

 春の頃より、机のシマが小さく分裂しているのも、毎年恒例といっていい。


  ◇


――無理に友達になろうとしなくていい。

 一年生に集会の席で日向先生がそう呼びかけた。

「同じクラスになったのだから、袖すり合うも多生の縁。ご近所さんとして、困ってたら助けたり、助けられたりできるようにはなってほしい。そのためにも、普段から挨拶くらいは気持ちよくしよう。

 そんなふうに過ごしてれば、話が合うヤツ、一緒にいてほっとするヤツが見えてくるもんさ……人間関係なんて焦らなくても、自然にできる。できなければ、友達なんていなくたって別に困らないよ。友達の数を自慢するヤツなんて、たいていはタダのさみしがり屋だ」


 生徒たちは、驚くほど日向先生の話に聞き入っていた。


「現に、俺なんて高校時代友達いなかったもん。それでも先生になれたし、かみさんとも結婚できた。問題ない……ああ、遠足の班分けで、よくまごまごしたけどな」


 日向先生の生物準備室には、よく一人でいる生徒がダベりにきている。すました顔で、当たり前のように入り込んで弁当を食べている子もいる。でも、話してみると自分の世界をしっかり持っていて、面白い子が多い、と気づく。


  ◇


 自分のクラス、1年3組の偵察を終え、隣は4組。


 円城が自分の机で、一人静かに弁当を食べている。

 かなり離れたところで、一ノ瀬と森、あと二、三人の女子が机を寄せ合っている。なんだか、以前より、ずいぶん静かに見える。


 尾上の姿がない。


 そこで、思い出した。

 尾上の件で話をした数人の中に、一ノ瀬が入っていた。ほんの相づち程度だが、彼女はあの、尾上のDVについて交わされた書き込みに参加した。


 この、明らかに瓦解した机の並び方……やはり、影響しているのか。

「こんにちは」

 一ノ瀬たちのグループに声をかける。もぐもぐと食べながら、返事が返ってくる。

「今日は、尾上、一緒じゃないんだな」

 一ノ瀬が、まわりの子の顔を見回した。いいよね?と目で聞いている。

「尾上さんに謝って、また一緒にご飯もって、言ったんです。でも……」

 尾上は帰ってこなかった。


「尾上さん、怒ってる感じじゃなかったんですけど、しばらく、一人で食べたい気分なんだ、って言って。だから、気にしないでね、って。それっきり教室でお昼に見かけなくなって……」

「……そうか」

 一ノ瀬なりに、胸を痛めもしただろう。でも、傷つける言葉を使う、ということは、こういう結果を招くことだ。

 だから、せめて学んで、成長するしかない。

「今は無理に踏み込もうとしない方がいいかも知れない。時間を置くのも、ときには必要だ。でも、自分がしたことは、忘れちゃいけない」


  ◇


教室を出て、少し歩いて、廊下の角を曲がった。

 目の前に、円城がいた。いつのまに先回りされたのだろう。

「先生、私、尾上さんのことで、とても腹が立っています」


 優しい目ではない。決然、という言葉が似合う強い目をしている。

 

「どこかで、ご迷惑をかけたら、すみません」

 頭をさげる。

 先日のぺこり、としたかわいらしい動きではない。

 覚悟を決めた――まるで、一国の姫君のようなお辞儀だった。


   ◇


 尾上を探して校内を歩いてみる。

 生徒があまり立ち入らない、4階の理科教室の近くにある階段に、一人で座っているのを見つけた。

「やあ、こんにちは」

「……こんにちは」

 食事はもう済んでいるようだ。腰を落とし、目の高さを合わせる。


「ここは、落ち着くいい場所だね」

「そうなんです。なんか、気に入ってて……」

 もう少ししたら、暑くていられなくなると思うが、今のこの時期、ちょうどほかほかと居心地よい感じになっている。


「先生、文芸同好会の顧問でしたよね」

「ああ、そうだよ」

 在籍はゼロだけどね。

「私、文芸同好会に入ろうと思います。他に部員、いないんですよね」


 生徒手帳を出した。防水カバーの内側から、小さく折りたたまれた紙を取り出して、広げる。文芸同好会への入部届けと、バスケ部への退部届けの2枚。

 

――これを何日も持ち歩いていた……。


「ダメとは言わないけど……今、マネージャーやってるバスケ部は、もう、いいんだね?」

 尾上は落ち着いている。

 静かに、どこか遠くを見るような目をする――そこにあるのは……諦念、なのか。


「なんか、いろいろ、疲れちゃったな、って思って。どこまでいっても、私は、私から逃げられない……変ですよね。私、何言ってるんですかね……」


「バスケ部で……なんかあった?」


尾上の目が、いきなり潤んで、涙が落ちた。

「もう、いいんです」


声が震えそうになっている。それを、どうにか抑えている。

「これ、受け取ってください。ほんとに、なんでも、ないんです……ほんとに。少し、一人にしてください。すぐ落ち着きます……」


 泣き顔にならないよう、彼女は必死だ。

 せめて、目をそらす。

 

「……わかった。授業までに戻らないようなら、また見に来るから、落ち着いたら戻っておいで。この紙は、預かっておくから」

「はい……ありがとうございます……」

 語尾は、涙声になってほとんど聞き取れない。


 彼女から離れ、廊下の角を曲がったところで物陰に入り、飛田先生に電話した。

 3分経ったら、理科教室近くの階段を()()()()()()()()()()()()お願いした。

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